「演劇ィ?」


千歳、卯花、梓沙、マリア。珍しく四人が揃っている食卓で、卯花がすっとんきょうな声を上げる。

「そう、演劇。預かり元のお客さんがね、今日二枚分のチケットをお礼にくれたんだよ。あそこのじいさんとばあさん用に。二人のことはわかるね?」
「マリアさんの勤めてる育て屋のおじさまおかあさまですか?それなら、どうしてここにそのチケットが。」
「なに、前に千歳を連れて行ったときに、えらく千歳のことを気に入ってくれたみたいでね」

ほー!、と特に事情も分からず感嘆の声を上げたのは話題の主だ。椅子の下で足をプラプラと揺らしているつもりなのか、左右の足でたんとんと床を叩いている。お行儀は悪いが、えらく機嫌が良さそうだ。

「じゃあマリアさんと千歳で行ってくればいいじゃねえか」
「いや、どうやらご夫婦、日付が入っていたことには気がついていなかったらしくてね。この日は勤務しなければいけないんだよ」
「ふぅん…じゃ、オレパス。畏まったのとかガラじゃねーし。千歳に渡されたんだから千歳は行くだろ、まああとは梓沙で行ってくりゃ良いんじゃねーの。オレ金ねーし」
「遠慮しなくていいんだよ卯花。」

興味のない素振りで、もっともな理由をつけて行きたくないという意思表示をする卯花に、マリアがきっぱりと言う。

「卯花は気遣いの出来る子に育ったようだね。でも、一人分ぐらい、遠慮しなくていい。」
「…いや、別に気遣いとかじゃねえし…」

それでも卯花はまだ渋る。
マリア本人が行けないのだと言うことを気に病み、咄嗟に出したお金という逃げ道を塞がれた今、確かに行かない理由は無い。しかし、卯花はがさつであれ男らしくはあれ、気遣いや借りと言ったことには人一倍敏感だ。敏感であろうとしている。
確かに、行ってみたい。興味はある。
しかし、お金を払わせてまで行きたいかと聞かれると…自分達だけ楽しむという後ろめたさを感じてまで、行きたいかと言われると、「また今度でいいか」と思う、その程度しか興味がないのに行くのも劇団の人にも申し訳ないのではないか。

「……ちぃ、げきじょー…行きたいのです…!」

そんな風にいろいろごちゃごちゃと考えている卯花を差し置いて、千歳が声を発した。隣の梓沙がよしよしと頭を撫でて、次を促す。

「ちぃは、梓沙と、卯花と一緒に、みんなで劇場に行きたいのです!」
「………」
「マリア、更夜に、遊びに来た寿々利にもお話しましょう、ね、きっと楽しいですよ」
「………」
「それに…ちぃは楽しむなら、卯花もいっしょがうれしいのです…」
「………」
「………」
「…で、どうします?卯花」




と、言うわけで次の日曜日。
卯花と梓沙に挟まれた千歳が、目を輝かせて劇場を見上げている。

「………はゎあー……」
「なんか…本格的に劇を観に来たって感じだな」
「卯花、それ今更?」
「いや、だってよ…」

目を輝かせて見上げる千歳とは対照的に、はあ…とため息をつく卯花は自らの格好を見下ろした。いつも通りの非常にワイルドな格好だ。

「ドレスコード…とか…ないよな…」
「もう。そんなに心配になるんだったら、ちゃんとらしいおめかしをしてくれば良かったのに」
「いや、まあ、そうなんだけどよ…」
「心配せずとも、擬人化されている方々には結構奇抜な格好をしてる方もいますし、貴方のちょっと露出が多すぎてちょっとワイルド過ぎる格好ぐらいじゃさして問題はないでしょうね」
「お、おう」

ちょっと、にアクセントを置いて話しているせいでとてもちくちくと指してくるような嫌みを感じる。
まだちょっと腰を引き気味な卯花は辺りを見回して、そしてとあることに気が付いた。
妙にスーツ等畏まった格好をした人物、もしくはアベックが多いのだ。

「なんか、フツーの人間…が、多くね?」
「そうね。劇場の主要メンバー全員が擬人化ポケモンというのにも関わらず人間の客も多いと言うことは、やっぱりそれなりの定評があるみたい」
「擬人化…そうなのか?」
「ええ、ちょっと調べて見たの、私なりに。ウェブでだけどね」
「ほおん…」

なるほど、ヒトが多いから余計に畏まったように感じたのか。卯花は一人納得する。
擬人化しているポケモンの姿は、ヒトを模してこそいるものの原型の影響が出るために非常に華やかなものになりがちだ。それだけにそういった擬人化ポケモンが集まる場所は非常に雑多とした印象が強く出る。卯花の場合、集まると言っても工事現場、それから家でマリアの誕生会をしたぐらいの人数しか知らない上に買い物に出ることもあまり無いため、セミフォーマルな印象を特に感じたのだろう。

「でも見てみれば、それほど偏りがあるようには見えませんね」
「そうか?」
「卯花はあまり必要性のない娯楽施設には行かないものね。貴方の主観でこの場がどうなっているというのか、ちょっとした興味もあるけれど…何はさておき、とりあえず入っちゃいましょう。さ、いくわよ千歳……あら?」

隣にいる千歳の手を引こうとした梓沙は、思いもしなかった空を切る感覚に振り返る。
その声に引っ張られ、少し先を歩き出そうとしていた卯花も振り返る。尻尾が円を切るように棚引いて、半分ほど回ったところでぱさりと落ちた。

「……オイオイオイ……」

千歳の姿は、二人がちょっとした会話に興じている間に、もうそれは潔いほどに忽然と消えてしまっていたのだ。






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前編カーーッット!!


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