「いいか、クチート。あまり一人で遠いところに遊びにいくなよ。」

ちぃが出かけるとき、卯花はいつでもこう言います。
勿論卯花が出かけている時やちぃがこっそりとお出かけするとき、それからマリアや梓沙が一緒に来てくれる時は違いますが、でも卯花がうちにいて、ちぃが「行ってきます!」と言ってから出かけるとき、卯花は毎回絶対にそう言うのです。私が返す言葉は決まっています。「卯花、ちぃはクチートじゃなくて、千歳ですっ!」「……。」そういうと卯花はやっぱり毎回決まって顔をしかめます。ちぃが出かけるまでのこのやり取りはもうこれまで幾度となく繰り返されているので、ちぃはすっかり覚えてしまいました。
今となっては一言一句間違えることなくそらで二人分の会話を暗唱出来ることでしょう。えっへん!
卯花の苦い顔を、ちぃが渋いきのみや苦いポフィンを食べてしまった時のあの顔に結構似ているなあ、と思いながら外履きに履き替え、玄関の扉に手をかけました。この後卯花がいう言葉も勿論いつもと同じです。

「ほかの人に迷惑かけないように。困ったことがあったら隠さずオレかマリアさんかシャワーズに言うこと」
「はあい!では行ってくるのです!」
「ん。夕飯までには帰って来いよ」

そんな卯花の声を背中にバアーンと扉を開け放って、さてそれでは今日はどこに行きましょう。外にでてううーんと悩んでいると、先ほど出てきたばかりの家の中でなにやらばたばたとした足音と「ちとせー!」という柔らかい声が聞こえました。
この声は…

「梓沙?」

「ああ良かった!はいこれ」

梓沙は玄関を少し開いて顔をのぞかせると、白とピンクの二枚の薄ーい布で作られたのふわふわした包みをこちらへ差し出しました。なんでしょう?なんだか甘くておいしそうなにおいがふんわりと香っているような気もしますが、中身はよくわかりません。差し出されているのでとりあえず受け取ってはおきますが…見てみれば金色のくるくるとしたリボンが巻いてあります。見るからに大事そうな装丁ですから、間違っても落としてはいけませんね。これはなんでしょうか。

「この間、貴方ご飯をご馳走になってきたでしょう。どこかにおいてきちゃダメよ、ちゃんと届けて、皆さんで召し上がってくださいって伝えてね」

召し上がって、ということは中身は食べ物なのでしょう。甘い香りにも納得が行くというものです。お菓子であると考えられます。
そういえば、昨日寿々利」がうちに来ていたことを思い出しました。ご馳走になったのがこないだのことでしたから、こないだの時点で梓沙が寿々利に依頼してどこかのお菓子を配達してもらったのかもしれません。寿々利のお仕事は運び屋さんですから、タイミングを考えるとそういうことなのでしょう。
寿々利が届けてくれる焼き菓子はとてもおいしいのです!皆の反応が今から楽しみになりました。
急ぎましょう!








森の小道をかき分けて進みます。以前セーラに教えてもらった「安全な抜け道」というやつです!
わさわさがさがさと音が鳴る深い緑な葉っぱ、隙間から差し込んだ日が当たってまっしろな葉っぱ、柔らかな新芽、それらをなるべく折らないように慎重に次に踏み出す足を決めるこの作業がちぃは嫌いではありません。寧ろわくわくです。わくわくのどきどきです。この地方の方々が精を出している秘密基地作り、それと似たようなものかもしれませんね!どこかの地方では木の上や草の塊の中、洞窟の隙間に基地をつくることもあると聞きました。なるほど病みつきになる気持ちもわかります。
いつか自分だけの空間をこっそりと作って、皆を招待してみるのも楽しいかもしれませんねっ。うん。うーん?でもそれだと秘密基地にする意味がないような…だけど折角作ったものはいろんな人に見てほしい気がしますし……むむう。むずかしいところです。
そんなことを徒然考えながら最後の目印おっきな枝を屈んで潜ると、少し開けた視界に目的の小屋が見えて一気に嬉しくなりました。皆と会えるまでもうすぐです!

「あれ?ちぃちゃん、おはよ!いらっしゃーい」
「みさきっ!」

丁度玄関から出てくる海咲の姿が見えて、ダッシュで駆け寄ります。にこにこ笑顔の海咲に人差し指を出して、おはようなのです!と互いにぴったんこ。
おはようのちゅーというやつです!

「えへへ」
「えへへー。あ、ちぃちゃんそれお土産?」
「あっ!」

ちぃとしたことが忘れてしまうところでした。危ない危ない…

「梓沙から、ええと、皆さんで召し上がってくださいだそうです」
「梓沙さんってたしかちぃちゃんちのお姉さんだよね。えっとね、じゃあちぃちゃん、それ中に持ってってしの君に渡してくれる?」
「東雲ですか?」
「うん。みささんこれから少しお出かけしてくるから。どれだけかかってもお昼の時間までには帰ってこれると思うんだけど…」
「了解なのです!海咲の留守はちぃがしっかり守っておきます!」
「ふふ、ありがとう。じゃ、いってきますー」

何回か振り返って手を振り返してくれる背中を見送って、ウッドハウスに入りました。
中のつくりはよく知ったもので目的地へ最短のルートをまっすぐに突き進みます。ところでここはいつ来ても森の匂いに満ちていますね。周りも森ですし、ウッドハウスなので当たり前のことなのですが。当たり前だとわかっていても気分がいいものはいいものです。
すうー…はあー…。さて、思い切り息を吸い込んでいるうちに目的地に到着です。椅子に腰かけ背を凭れている紺色の頭が見えました、言うまでもなく東雲です!

「しののめーっ!」
「ああ゛?…なんだちびっこか。お前今日も来たのか!」
「ふふん、なんだか「いやみな」言われ方をされている気がしますが、ちぃはそんなことで怒るほど心の狭い奴ではないので華麗に流してみせるのです。名前についても今回に限っては大人に流してやるのです。それどころか、今日のちぃはいつもと一味違い気遣いの出来るいい女なのです!」

じゃーん!丁寧に口上で効果音をつけて、さっきから実は後ろ手に隠していたモモン色の包みを差し出します。
東雲が訝んだ目でその包みを見ると、すっとちぃから取り上げました。よし、任務完了ですねっ。

「なんだこれは。菓子か」
「…凄いのです!…ちぃはわからなかったのに…。しかしばれてしまってはありがたみが薄れてしまいますね。個人的にはすこーし残念です」
「何、つまりこれは差し入れということか?余計な知恵を回しおって!こんなものが欲しくて俺は貴様に教えてやってるのではないぞ!」
「東雲、ちぃは貴様ではなく千歳です!」
「……。」

二回目はゆるしませんよ!そう続けると東雲がおっきなおっきなため息をつきました。
むう。ちぃは何かおかしなことを言ったでしょうか。それにしてもこんなものが欲しくて〜とはとんだ言われようです。まったく…

「まったく、東雲にはがっかりなのです」
「なんだと?」
「ですからちぃは、東雲がお菓子欲しさに物を教えるようなタイプではないと、そーんなこと今更言われなくても知っているとゆーことに気が付かない東雲にがっかりしているのです。東雲は鈍ちんさんだというセーラの言葉は本当ですね」
「…さっきから聞いていれば偉そうに!そもそも勘違いされても可笑しくない渡し方をしたのはお前だろうが、俺は、これが全員宛ての菓子だとは聞いてないぞっ」

「あははははっ!」

ふいに、ちぃのでも東雲のでもない高い笑い声が部屋に響きました。
姿を見なくても声でばっちりわかります。セーラです!入口を見れば、丁度部屋に入ってこちらへ近づいて来ているようでした。

「セーラっ!」
「もう、二人とも何を元気に話しているのか気になって覗きに来たら…全く、相変わらず東雲先輩は大人気ないんですからあ。」
「なんだと?」
「セーラ、おはようなのです!」
「おはようございますちぃちゃん」

おはように合わせて、海咲のときと同じように人差し指同士をタッチ!そのままぐねぐねーと押し合います。セーラに言わせればこれは「大人のやり方」らしいです。その意味するところは正直よくわかりませんが、ジェイザスにしたときに「そういうことはみだらにするものではない」とやんわりと止められてしまったので今ではセーラとするときだけの遊びみたいなものになっています。特に勝ち負けはありませんがぐいぐい押し合うのはそれなりに楽しいです。
むー、それにしても、覗いていたのなら早く出てくればよかったのに……うん?

「あっ!」
「ちぃちゃん、どうかしました?」
「セーラ、ちぃとしたことが大事なことをすっかり忘れていたのです」
「大事なこと、ですかあ?」
「挨拶です。おはようの挨拶を忘れていました」

おはように限らず、こんにちは、こんばんは、いただきます、ありがとう、それからごめんなさいは忘れてはいけないと常々卯花から滔々と聞かせられているというのに…不覚です。
超不覚です!これはすぐに取り返さなくてはいけません。

「でもちぃちゃん、さっきセラとはちゃあんと挨拶しましたよね?」
「はい。セラとはしました。でも東雲を忘れていました!」

…ということで、はいっ!

「東雲、おはようございますっ!」

海咲やセーラとやった時と同じように、指先をピッ!
にっこり笑顔で差し出して、そうして今日という一日が始まったのです。…なんだか東雲がとても苦々しい顔をしていることについては、とりあえず目を瞑っておきましょう。



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しのくん「そのまま忘れていればよかったものを…」
ちとせ「しののめちゅっちゅ」

この後みささんの帰投に合わせて「好き好き簡単に言うんじゃない馬鹿者め!わかっていないだろう」「わかっています!」「わかっとらん!」からはじまる一連の話に繋がります。とても楽しかったです。ルリカさま許可頂きありがとうございました!



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