どういうことだ、これは。

「天宮さん…?あれ、どこに行っちゃったんですか、天宮さん!」

天宮の目の前ではかなでが慌てた様子で周りをキョロキョロ見回していた。ああ慌てる君はやっぱり可愛いな、なんてただの現実逃避だ。なぜならその彼女の姿は普段目にしているよりも何倍も…何十倍も大きいのだから。否、己が立っているこの場所がピアノの椅子ならば…彼女が大きくなったのでなく己が小さくなったのだろう。いつものように練習スタジオでかなでと音を合わせていただけのはずなのに。いつもと違った点は……そうだ、光だ。草原を感じて目を閉じていた己を包んだ、まばゆい光。あの光が何なのかはわからない。だが、こうなった原因はあの光なんだと考えてまず間違いないだろう。

とりあえずその光の正体を考えることよりもこのままでは練習スタジオを出て行ってしまいそうな彼女に己の存在を示すことの方が優先事項のようだ。

「かなでさん、ここだよ」
「え?」
「ピアノの椅子の上。君の目から見て僕はどんな感じだい?」
「え…え、うそ、天宮さん…小さくなってる、んですか…?えっ!?」
「ああ、やっぱりそうなのか」
「どうしてそんな冷静なんですかっ」
「どうしてと言われても…かなでさんが僕の分まで慌ててくれてるから、かな」
「あ!そんなことよりどうするんですか!病院…じゃだめだし、警察なんてもっと役に立たないし、えっと、…どうすればいいんですか!?」
「とりあえず…かなでさん、ヴァイオリンをしまうところから始めようか」
「は、はい!」

こんな状態でも彼女はどこまでも素直だった。普段と変わらない手つきでヴァイオリンをしまい天宮に「しまいました!」と報告する。敬礼がついているあたりが彼女が混乱している何よりの証拠か。彼女ほど慌てても混乱してもいない己にとってそれは何よりも可愛い動作に見えた。だがそんなことを考えている場合ではないのだ、今は。

「かなでさん、君はさっきの光が何なのかわかるかい?」
「え…光、ですか?」
「そう。君には見えなかった?」
「……あ、見えたかも、しれないです。でも暖かかったから悪いものじゃないと思って…」
「暖かかった?」
「はい。天宮さんを包み込むような…どこか懐かしいような、暖かい光でした」
「そう…」

彼女がそう感じたのなら悪いものではないのだろう。だが悪いものではないにしろ、こうして己に被害が出てしまっているからには暖かい等言われても頷きがたいものがある。

「あの…天宮さん」
「ん、何だい?」
「星奏に伝わる妖精の伝説って、知ってますか?星奏には音楽の妖精が住み着いていて、音楽の祝福を与えてくれているそうなんです」
「妖精…ああ、そういえば正門前にも妖精の像が建っていたね。へえ、星奏には随分と可愛らしいものが存在してるんだ」
「それで、もしかしたら天宮さんがそんな風になっちゃったのも、妖精のせいなのかなあって…思うんですけど…」
「妖精…」

声が尻すぼみになるあたり、彼女自身も半信半疑なのだろう。妖精の存在など信じろと言われてもにわかには信じられる話ではない。だが仮にこの現状が妖精のせいだとしても、疑問は尽きなかった。

「仮に妖精のせいだとして、どうして僕は小さくされたのかな」
「それはわからないですけど…ニアが言うには、妖精は悪戯好きらしいって」
「悪戯?」

悪戯でこんなことをされてしまってはたまったものではないのだが、元来より神や天使…悪魔なんてものは気紛れなものだったと伝えられている。ならば妖精が出来心でこんな悪戯をしたのであっても頷けるか。納得はできないがそう考えるしかないだろう。どうせ考えたところで答えは出ないのだ。

己の中ではそれで完結したのだが彼女は未だにあーだのうーだの考え込んでいるようだった。己のために悩んでくれる彼女も可愛くてできることならずっと見ていたいのだが、それはさすがに意地悪が過ぎるだろうか。それに、そうだな。眉をハの字形にして悩む彼女よりも向日葵のような笑顔を向けてくれる彼女の方が己は好きだ。

「かなでさん、考え込んでも答えなんて出ないんだから考えるのはやめにしよう」
「え…でも」
「せっかくだからこの状況を楽しんでみようと思うんだ」
「楽しむ、んですか?」
「そうだよ。今の僕は君の掌くらいの大きさだろう?小動物と遊ぶ感覚で僕と遊んでみないかい?」
「小動物…」

かなではゆっくりと椅子の上の天宮に手を伸ばす。天宮は素直なかなでの行動に笑みを深くしかなでの指先を小さな手で包み込んだ。

「わ…か、かわいいっ!」
「え?」
「あの、天宮さん!私の手の上に乗ってみませんか?」
「……かなでさん」

小動物というたとえはよくなかったかもしれない。気軽に触れてもらいたいからそう言ったのだが、これでは気軽すぎる。一応僕は男でしかも君の恋人なんだけどな。そんなことを思いながらもかなでのお願いを断ることなど己にできるはずがなかった。

「いいよ。ほら、手を広げて」
「はい!」

男としてでも恋人としてでもなく小動物として扱われるのは複雑ではあるが、それで彼女の笑顔が見られるなら文句は言うまい。将来ペットを飼ったらこんな風に接するんだろうな、と考えところで途端に面白くなくなった。いもしないペットに嫉妬するなど馬鹿げているが、こんな可愛い彼女は動物といえど見せたくない。自分でも意外な独占欲を自覚し、恋とは厄介だなと一人ごちた。

「あれ…天宮さん、不機嫌ですか?」
「ん?いいや、そんなことはないよ」
「でも、楽しくなさそう。私、やっぱりニアに妖精について詳しく聞いてきましょうか?」
「いいんだ。これでも結構楽しんでるんだよ?」
「うーん、天宮さんがそう言うなら…」
「そんなことより、かなでさん。小さくなった僕はどんな感じだい?」
「かわいいです!」
「………」

そんなことを即答されても素直に喜べない。小さくなった己は確かに小動物的可愛さを持っているのかも知れないが、無邪気に笑っている彼女の方が可愛いのは誰が見ても明らかだろうに。だが今の己が彼女にそんなことを言ってもいつものような反応が返ってこないのは火を見るより明らかだった。今の彼女に何を言ったところで可愛いとしか思われないのが憎い。

「小さくなるのが君だったなら良かったのに」
「え?」
「そうだね。いっそ君も小さくなってみないかい?」
「ええ!?」
「あはは、冗談だよ」
「う…、やっぱり小さくても天宮さんは天宮さんですね」
「ふふ、やっと君のその表情が見れた」
「あ、天宮さん…っ」

普段ならこの展開になったとき彼女は両手で顔を隠してしまうのだが、今は己が乗っているからそうはいかない。顔を隠すことも(当然天宮を投げ落とすことも)できず顔を背けるだけに終わっていた。その顔は耳まで真っ赤に染まっていて、やはり己は彼女をからかうのが好きらしいと己の中の意地悪な面を自覚した。

「でも…」
「うん?」
「…でも、天宮さんと同じなら小さくなりたいかも」
「かなでさん…?」
「あ…ごめんなさい、天宮さんはなりたくてそうなった訳じゃないのに」
「いや…僕のことは良いんだ」

聞き間違いでなければ、彼女は己と同じがいいと言った。先ほどのはしゃぎ様からかなでには天宮がこの大きさのままでいる方が良いのかと思ったが、それは違ったらしい。彼女は同じを望んでくれていた。

「僕も…君と同じがいいな」
「天宮さん?」
「この大きさでは君を抱き締められないからね」
「あ、天宮さんっ!」
「ふふ。ねえ、かなでさん。僕を君の肩に乗せてくれないか?」
「え?あ、ちょっと待って下さい…これで乗れますか?」
「うん、ありがとう」

彼女の警戒心が薄いのはいつものことだ。肩に乗った天宮にも暢気に声を掛けてくるあたり、彼女は本当に天宮が何をしようとしているのかわかっていないのだろう。天宮は無防備なかなでの頬を優しく撫でる。くすぐったいですよと首をすくめてみせるかなでをこんな距離から見られるのもこの大きさだからだな、と原因と思われる妖精に少しだけ感謝した。そしてそのまま、彼女の頬に唇を寄せた。

「あ、天宮さん!?」

途端に頬が赤くなる。近くで見ると尚わかりやすい変化に笑みを抑えられない。己が笑っていることを感じたのだろう彼女は面白いくらいに狼狽した。本当に君は、可愛すぎる。

「天宮さんは…いつもズルい」
「そうかい?」
「恥ずかしいことを平気な顔でしちゃうところとかズルくて仕方ないです」
「平気なわけでもないんだけどね」
「それに優しく笑うから怒るに怒れないじゃないですか!」
「ふふ、君に嫌われたくなくて僕も必死なんだよ」
「…だからそういうところがズルいんですってば…」

唇を尖らせている彼女の横顔は何よりも可愛い。微かに染まった頬が彼女が嫌がっていないことを明確に表していて、愛しさがまた積もった。ああ、抱き締めたいな。君を抱き締めたい。小さいとそれができないのが悔しくてならない。

「妖精は本当に意地悪だね」
「え?」
「今、すごく元の大きさに戻りたいよ」
「天宮、さん」
「お願いしてみようかな。"僕を元の大きさに戻して下さい"」

その言葉を発した瞬間、かなでの肩を光が包んだ。正確にはかなでの肩にのる天宮を包んだのだが、光に包まれた天宮は不思議な感覚に身を落としていた。

(あたた、かい)

彼女の言った光の暖かさを今なら理解できる気がした。その暖かさが引き、目を開ければかなでは己の視線の下にいた。まさかかなでも小さくなった?…否、己の大きさが戻ったのだ。

「天宮さん!戻りましたね!」
「ああ…そうだね」
「…あれ、嬉しくないんですか?」
「まさか…嬉しいよ。すごく嬉しい。これで君を抱き締められる」
「えっ!?」
「ほら、かなでさん」

逃げようとするかなでの腰を引き寄せ逃げ場のないように抱き締めた。大きい彼女に包まれるのも悪くはないけれど、やはり包まれるよりは包みたい。腕に収まるかなでに、先ほどの光よりも暖かいものを感じた。











無理やり終わらせた感が否めません、すみません←
前半の妖精云々が長すぎたので後半はたくさんイチャイチャさせようと思った結果こんな感じになってしまいました。反省はしてます、でも後悔はしてない←

それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。


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