スパーダの女好きは既に分かっていることだし、女の子にモテたいと考える気持ちも分からなくはないのだけれど──
やっぱり、嫉妬してしまう。
腹の底から這い上がる何かを堪えるように、僕は唇を噛んだ。
「──ルカ、どうした?」
「ええと、な、何でも……」
何でもなく、ない───
僕にとってこれは大切なこと。
彼が付き合った──好きになった女の子は一体どんな人間だったのか。どんな人であったにしろ、知ることによって僕が変わるチャンスになれるかもしれないのだ。
これが諦めるチャンスになれば……
「おい、大丈──」
「ねえスパーダ」
ベッドから起き上がって心配そうにこちらを見るスパーダに、僕は問いかけた。
「うおっ、な、なに、何だよ」
椅子を立ち上がり、ベッドの淵に膝をつく。僕の勢いに圧倒されたスパーダは枕の方へ後退したが、僕が腕をつかんだので話の深刻さを理解したようだった。
「聞いて、くれる?」
「……ああ」
少しため息をついてから、諦めたようにこちらを見た。彼の左腕をつかんだ右手が少しだけ震える。言うなら今。今しかない。
「君の好きだった人──いや、君の彼女、どんな娘だったの?」
「……あ?なんだ、そんなことかよ」
拍子抜けした顔をされて、少しムッとした気がしたが、それも今、腹の底で渦巻いている何かに巻き込まれて消えてしまった。
「そ、“そんなこと”じゃない、よ…」
感覚的にだけれど、彼と僕の価値観の差──違点を突かれている気がして。俯いたまま、なるべく聞こえないように反論した。
「そーだなァ…」
スパーダが言う。僕は耳を傾けた。
「セイソって感じで、フツーにカワイイ女の子だったぜ?」
「へ、へえ!そうなんだ……」
興奮しながら意味ありげにニヤリと笑う。それが彼が自慢する際の態度である。僕は相槌を打ちながら、心が掻き乱されたような気持ちでいた。
……きっと、男相手になんて考えたことも無いんだろうな……
やっぱり諦めよう、そう思ったら、胸がキリキリと痛んだ。
「あァ、でも──」
声色が急に変わったので顔をあげると、すぐ手の届きそうな距離に彼の顔があった。しかしその顔は先刻のとは違った、自嘲に満ちた笑みに包まれている。
「お前に、よく似た女だったぜ」
「───っ!」
心臓が跳ねる。頭に血がのぼって、目頭が熱くなった。
──嗚呼、本当に君は
なんて酷いことを言うのだろう!
咄嗟に胸ぐらを掴もうとするが身体がいうことをきかない。失敗して虚空を貫いたそれが、力任せにスパーダを押し倒す。
「なッ──何、だよ?」
常ならぬ空気を察知したスパーダが抵抗するが、僕は彼の自由を赦さなかった。飛んできた両腕の勢いを逆手に取り、そのまま頭の上で束にしてまとめ上げる。
「ルカ…オメー、こんなことして許されるとでも思ってんのかよ!?」
彼にしては珍しく冷ややかで荒い罵声を浴びせられ、彼が言葉も選べないほど冷静さを失っていることを知る。が、こちらも言いたいことはたくさんあった。
「君には失望したよ」
「!?」
目を伏せたまま皮肉を述べると、相手が息を飲むのが分かった。
「いつも僕を分かったようなこと言ってるけど、君は分かってないよ。――全然分かってない」
君は――本当に血が通っているの?
言ってしまってからしまったと思っても、もう手遅れだった。今までの気持ちが堰を切ったように溢れ出す。
「君は知っているんだ。僕の本当の気持ちも、愛していたのはイリアなんかじゃないってことも!」
いつだったか、母さんが真剣に見ていたドラマにこんな台詞があったなあ――という思い出に浸りつつ怒声を発すると共に、怯んだ彼の身体に覆い被さる。一瞬の隙をついて唇を重ねると、反発するように呻き始めた。
「ッ、は……」
「ふ…、んぅ」
彼の唇を無理矢理舌で抉じ開け、歯列をなぞり、舌を絡め取りつつ深く口づける。彼はどうだか分からないけれど、僕にとっては初めてのキス。歓喜か恐怖か、閉じたはずの瞼が震える。歯と歯がぶつかり合う度耳障りな雑音が生まれた。
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