「節分」
「レンくーん、起きてー、レンきゅーん」
「んん……」
遠くから耳障りなからかい声が聞こえる。誰だ、オレを変な名前で呼ぶのは。
「起きて、レン!」
あっ、今のはリンだ。朝っぱらから可愛いなぁ………でもオレ、まだ寝てたいんだよね。
「ごめん…リン…あと60分…」
「あ、ちょっとレン!」
とりあえず適当に謝罪の言葉を述べて、愛しいリンの声を聞きながら再び心地よい眠りにつこうとするが、
「じゃあリンちゃん連れていくわよー」
ピク、
「あ゛ぁ!?」
ネギ女にあっさりと起こされてしまった。
【節分】
今日は節分。そしてそのくっっっだらねー理由でわざわざボカロ一族がうちの庭に集結するという面倒な有り様になっている。
せっかくの休日だというのに、これではゆっくり寝る暇もありゃしない。もっとも、隣のリンが嬉しそうに心を弾ませているから、それで良しとしてやるが。
「で、」
そんな中オレは、心底不機嫌な顔でそれを睨み付けた。
「これはなんだ」
オレが不快感を剥き出しにしていたのは、庭のド真ん中に置かれた臼にこんもりと積まれた白い物体。どうみても豆には見えぬそれは、100円玉を楕円形にして数枚重ねたような形で、とても豆とは思えないキツい匂いを放っていた。
「おいメーコ、このくっせーのはなんだよ」
「知らないわよ、私も今初めて見つけたんだから―――あらミク、ミクオ、おかえり」
「んふふふ……ただいまv」
「おー、ただいま」
残念ながら帰ってきてしまったネギブラザーズを、鼻をつまみながら恨めしい目で見つめる。と、二人が抱えるダンボールに目がいった。それには、箱一杯に例の物体が積まれている。
「な、また持ってきたの!?」
「なんだよそれ!くせーの持ってきやがって!!」
「アンタもさっきから臭い臭い五月蝿いわよ!!」
「うっせーほっとけ!!」
MEIKOとオレが怒声を発するが、そんなことお構い無しに二人はダンボールを臼の傍に置く。そして、ネギ女は思いがけない言葉を口にした。
「これはネギよ。ネギの尻」
『はあ?』
二人の声が重なった。ネギ女はその自慢の歌声ではっぴーあいすくりーむ♪と歌ってから続けた。
「これで豆まきをするのよ!」
*****
「さあ、始めるわよー!!」
甲高いスタートの掛け声で、恒例行事は始まった。
鬼はじゃんけんで決まる予定だったが、リンが負けてしまったので、無論オレが引き受けた。だから鬼はナス(がくぽ)とアイス(KAITO)とオレの男三人――もとい、バナ○イスのメンバーとなった。
「もう二度と組むことはないと思っていたけど…」
「このような場で再び組むことになるとは……嬉しいでござるなぁ」
泣き虫とヘタレ――KAITOとがくぽが、集いの隅で二人ごちている。
「おい、俺はもう二度とあんな格好はしねーし、これは再び組んだわけでもなんでもねーからな。お前らの都合の良いフィルターで勝手に解釈すんじゃねーよ!」
「ご、ごめん」
「すまぬ…」
「ちっ」
俺は前方の草食系男子共に心底うんざりしながら舌打ちをし、諸悪の根元である臼を睨み付けた。……あのクソネギ女――オレのリンに臭いが移ったらどうしてくれる。
「レン、大丈夫?」
リンが心配そうな顔でオレを見つめる。
「え、何が?」
先程の悪態が嘘のように微笑みを浮かべ、オレはリンに笑いかけた。
つん、
「顔がお面みたいになってるよ、鬼さんそっくり」
そういって頬をつつき俺の顔を弛ませると、はにかむように微笑んだ。
「うん、それなら合格。」
………。
誘ってるんですね分かります。
ぎゅうっ
「はうぁ!」
不意討ちで抱きしめると、いつもより少し上ずった声を出した。炭酸飲料の蓋を開けたときのようにふしゅ、と気の抜けたような、だけどずっと心待にしていたような、そんな声。他のどんな奴にも似合わない、リンだけに似合う声。嗚呼、なんでそんなに可愛いんだ……
「……なあ、リン」
リンを抱きしめながら、至極冷静に声をかける。なるべく男らしく。緊張を悟られないように。
「んー?」
リンは目を瞑って、暖かい声色で応えた。――良かった、気づかれていない。安心すると同時に肩が少し震えた。
「これ終わったら部屋行こ」
「えっ…!?」
頬を赤くしてこちらを見つめてくる。その大きな瞳が、華奢な唇が、それが紡ぎ出す芯のある声が、総てが愛しかった。
「福は<家>、なんだろ?」
「〜〜〜ッ馬鹿!」
げしっ
「でッ!!」
突然背中を蹴り上げられ、反射的に後ろを睨み付ける。が、そこにはそれこそ鬼のような風貌のMEIKOが、腕組みをして立っていた。
「ちょっと――やる気あるのかしら……?」
「すいませんでしたァ!!!!」
無様な乙子……男の声が、柔らかな木漏れ日の中に優しく吸い込まれていった。
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