「ハア、ハアッ」
バタバタと足音を轟かせながら、エースは町の中を走った。
家という家を駆け回り、道行く人にぶつかっていく。食い縛った歯を悔し気にぎりぎりと噛み鳴らしながら。
賑やかな中央の広場を抜け、町の端にかかる橋を抜ける。子供達が無邪気に遊ぶ公園を通り過ぎ、丘を駆け上がった。
正気を取り戻し立ち尽くしていたそこは――自分達の家であった。
くそっ―――――
拳を握り締め、木造の家を、扉を、睨み付けた。
何がしたいんだオレは―――
鋭かった瞳が歪む。頬を流れたのは汗だった。
ガチャ、
取っ手が軋むほど握り締め、木製のドアを開く。と、何もないはずの玄関に靴が一足。それが紛れもなくルフィのものであることに驚いた。なんせ人情深く誰とでも接することのできる彼は、学校でとても人気者。しかも病気一つしたことなかった彼が早退してくるときたら、一大事以外の何者でもなかった。
「ぐー」
丘の上にあるこの家は日中とても熱い。窓を開け放し、カーテンが時折棚引くリビングのソファに横になるという無防備な状態で弟は眠っていた。
「ったく……風邪引いても知らねーぞ」
タオル代わりに服をかける。良い寝顔だ。オレはため息をつくと、新しい服を取りに二階の自室へと上がっていった。
*****
「―――ん、」
規則的な音に目を覚ました。これは、エースが階段を降りてくる音だ。おれは反射的に寝たふりをして驚かすという作戦をとった。
――お、来た来た
シシシ、と心の中でほくそ笑みながら狸寝入りに集中すると、傍で服の擦れる音が聞こえた。
「ったく――」
声の主はやはりエースだ。昔から変わらない、いつものエース。強くて、かっこよくて、優しくて。帰ってきてすぐ寝てしまうおれをいつも起こしに来てくれる、おれの大切な【兄】だ。
「……はあ」
――そう、丁度こんな感じ。まずはおれの近くに座って、溜め息をついて、一つだけ文句を言うんだ。そして、大きな手のひらでおれの頭をがしがしと撫でる。強く。それにおれが痛がって起きる。それがいつもの流れ。
―――ん?
「次にソファーで寝たら飯抜きだって言ったぞオレは」
―――なんでそんな優しいんだよ?
「起きろ、ルフィ」
エースはごつごつした手でおれの頭を優しく撫でた。
―――なんでがしがしってしねェんだよ?「―――ルフィ」
その手も、声も、
―――なんで、いつもと違うんだ……?
「おいルフィ、大丈夫か?」
あんまり起きないので、エースは心配そうな声でおれの身体を揺する。いつもとは違うエースの態度に緊張したおれは、身体が動かなくなって、おまけに声も出せなかった。
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