「エース!!!!」
ドスッ
「どふっ」
オレはあいさつの一貫であるのしかかりを受け、目を覚ました。
「もう学校だぞー」
オレの上に跨がったまま、ルフィは笑顔で言う。
「ルフィ…いい加減その起こし方は止めろ。それから、邪魔だから早く降りろ」
もうすぐ高校生じゃねェかと言いながら、ぺしっと頭を叩いた。
「え〜だってこれじゃなきゃエース起きねェんだもん!」
ルフィはオレの鳩尾に両肘をつき、忙しなく足をばたつかせながら不貞腐れたように口を尖らせる。
紹介が遅れたな。オレの名はエース。そしてオレの上にいるのはルフィ。義理の弟だ。
オレ達は昔から訳あって両親はおらず、このワールドタウンの最東端にある孤児用アパート【フーシャ】で暮らしている。
また、こんなオレ達でも通う場所くらいは用意されているようで、ルフィはアパートの隣に建つ麦わら中学校に、オレはそのまた隣に建つ白ひげ高校に通っている。(ネームセンスについてのツッコミは無しだ)
「エース、今日は一緒に帰れんのか?」
「ん?ああ…そうだなァ…」
おれがぶつぶつと今日の日程を唱えていたそのときだった。
「…ん、」
奴は顔を近づけて来た。
「……あ!」
突然の大声に、ルフィの身体が怯む。
「まずい」
俺は飛び上がるようにして起き上がり、ルフィから逃れる。
「え、なに、が?」
ルフィはいつもの幼児のような顔に戻っている。が、瞳は明らかに動揺の色を含んでいた。
「ち、遅刻!」
そう言うと同時に、俺は駆け足でリビングへと向かった。
*****
「…情けねェよな」
3年2組の教室の隅で、大きなため息をつく。俺の様子を見て皆心配してくれたが、言えるはずがなかった。
「あんな情けない…姿で…」
思い出しただけで腹が立つ。少し近づいてきただけで過剰に意識してしまった自分。もともと嘘が下手だとは言え、遅刻常習犯の問題児が遅刻しそうだから急ぐなんてことは、絶対言わない。少なくとも俺は言わない。
しかもあの動揺の仕方。
あれじゃまるで…
「どうしたよい、弟分」
見上げると、1組のマルコが口の端を弛く歪ませながら立っていた。
「なにも」
俺は不貞腐れて、半ばやけくそにそう言った。これではまるで、図体のでかい子供だ。
「何だ、恋煩いか?」
「違う!!」
言ってしまってから、ハッとした。あれほど騒ぎ立てていた教室全体が静まり返った。
「オイオイ…朝っぱらから何を騒いでる?」
不意にそんな声が聞こえ、教室のドア付近に目を走らせる。
「オヤジ!」
声の主は、この高校の校長、白ひげだった。(愛称:オヤジ)
「だから校長と呼べと何度言ったら」
「おやっさん!おはようございやす!!」
クラス全員の対応に、白ひげは小さくため息をついた。口元はピン、と三日月型に張った髭のせいで見えなかったが、目は笑っているように見えた。
「オヤジ、エースってば青春してるらしいぜ」
「おい、マルコ!」
おれが静止しようとしても、マルコには暖簾に腕押し。いつもと違って、まるで悪戯をした子供のようにヘラヘラと笑っている。
はああ、と大袈裟にため息をつくと、白ひげは口元をクジラの腹の模様の如く歯の羅列を見せて笑い、静かに言った。
「なァに…若ェもんの色恋沙汰なんざ、どうせダメになると決まってるんだ、さっさと諦め――」
「ッうるせえ!!」
白ひげの言葉を遮り、おれは教室を飛び出した。
「なんだエースの奴、反抗期かァ?」
生徒の一人がぽつりと呟いたのを、白ひげは地割れの起きるような深い笑い声で応えた。「グラララ…まぁ、そっとしてやろうじゃねーか。…オメーら、授業始めるぞ」
「オヤジ…」
「おやっさん…」
校長の懐の深さに、家族は皆改めて彼(の授業)についていこうと誓うのだった。
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