「二人きりってやっぱ緊張しちゃうかも」 部活帰りの寮への道で、夜久はいきなりそんなことを言い出した。 まあでも確かにそうだ。夜久の言うことは否定できない。皆の前では普通に接することができても、いざ二人きりとなるとその普通がどんなものかわからなくなって、自分のプライド上(プライドと呼ぶには随分とちっぽけなもんだが)、下手なことをしゃべるわけにはいかなくて、結局何も言えず終い。 今もそうだった。せっかく二人きりの帰り道なのに、さっきから沈黙が二人を襲っていた。 夜久も同じことを思ってたようで、その思いを俺にぶつけた、ということだ。 「確かに、そうだな」 「うん、なんだか、ね…」 そう言って、沈黙が二人を再び襲う。 好きな人の前だとどうしてこうなってしまうのだろう。好きな人と一緒にいられるだなんて、なんて嬉しいことだと舞い上がってしまう気持ちを抑え切れず、このままのこのテンションで変なことを言ってしまったら、下手なことを言ってしまったら、それで嫌われてしまったらどうしよう、それだけは困る、と思い、何も言えない。 沈黙なんて、本当は誰もが忌むべき存在なのに、コミュニケーションを取らないことには恋人どころか人間関係が成り立たないのに、今の俺にはそんなこと(だなんていつもの俺なら思いもしない)がちっぽけに思えて、とりあえず静かに立ち止まる。 「犬飼くん…?」 いきなり止まった俺に不思議の眼差しを向ける夜久が、なんだかとても愛しく思えて、唐突に言いたくなった。 「好きだ、夜久」 たった一言、ただそれだけなのに、俺の胸は一気に暖かいもので満たされて。もうそれだけで十分だった。 「い、ぬかいく、」 いきなりの告白に夜久は驚いたようだったが、頬を赤く染め、俺を真正面から見つめた。 僅かに動いた夜久の唇がなんと言葉を発したのかはわからない。わからなくていい、見つめ合う二人に言葉なんていらないのだから。 夕焼けに照らされた二人の影がどちらともなく静かに重なった。 好きだと言える幸福がどれ程のものか知った (ああ、これが幸せか) 2011/10/10 |