5-2 | ナノ








本当にかわいいな。
そうやって何度も思った。

でも何度思っても僕を飽きさせない、そんな彼女は良い意味で悪い子だ。





僕は部活を引退したけど彼女と恋人になったというその関係性の違いにより、寮までの帰り道を僕は彼女と二人で歩いていた。


「誉先輩?」


今だってきょとんとした顔で僕の名前を呼んで、ああ、なんて無防備な表情をしているんだろう。


「先、輩…?」


あ、今度は不安そうな顔。
いつもは笑顔で「どうかした?」とか何とか答えるのにいくら呼んでも僕が答えずにただ前を向いて歩いているだけだったからか、横目で見ていた彼女の表情がだんだんと暗くなっていく。
本当は好きな人の暗い表情を見ると、誰がこんな顔にさせたんだと苛ついたり、彼女に何かあったんだろうかと悲しくなるんだろうけど、今の場合僕がこうして彼女を翻弄しているから逆に何だか嬉しくなる。

君は僕のものだよ。

そう遠回しに彼女と自分に言い聞かせてる気がして。


「先輩、にやけてる…?」


彼女のことを考えていて僕はいつの間にか顔に微笑を浮かべていたようだった。
僕が怒ったり悲しんだりしているわけでは決してないとわかった彼女の顔は、さっきまでの暗い表情はどこへやら、朝日のように明るい表情へと変わっていた。
ころころと表情を変える彼女がとても愛おしくて、でもそんな彼女をもっと翻弄したくて、何も言わずに腕を掴んで引き寄せて抱きしめる。


「せ、先輩…っ!」


まだ何も言わない。
どうせなら言語なんていう意志伝達手段は使わないようにしよう。
…本当はただ僕がうまく使いこなせないだけなんだけど。

彼女とそっと離れて彼女の唇に人差し指を添える。


「……っ、」


何となく察したのか、彼女は何も言わなくなった。
何も言わないで、僕の顔を見つめている。
しかしやはり真正面から見つめ合うのは恥じらいがあるのだろうか、少し赤らんだ頬に、目を合わせながらもたまに躊躇いがちにキョロキョロとさせていた。
ああ、本当に、かわいい。
僕は語彙力のない小説家のようにかわいいという形容を続ける。
だって、かわいいから。


僕は何をしてもかわいい彼女に我慢できなくなって片頬を手の平で優しく撫でると、彼女の唇へと自分のそれを寄せた。





感情なんて抽象的な概念なんだからきちんとした言葉になんか出来やしない。
それは僕だけじゃなくて他の人にも言えることでしょう?

もちろん、君にもね。








言い表せない感情
(だから触れて伝えよう)





05/14 Homare Kanakubo
HAPPY BIRTHDAY!



2011/06/02