こつん、こつん。 自分のヒールの小気味いい音が住宅街に鳴り響く。 ふと、その音が二重に聞こえた気がした。 …いや、正確に言うと別の音か。 何だか嫌な予感がした。 少し足を速める。 もう一つの音も少し速くなる。 少し遅く歩く。 もう一つの音も少し遅くなる。 自分のあとをつけてきている…。 そんな気がして一気に怖くなった。 そしてだんだんと近づいてくる気配、だんだんと大きくなってくる足音。 もうダメだと思い、肩にかけていた鞄の柄をぐっと握りしめたその時、 「よっ」 「ひっ…」 「おわっ、俺だ俺!」 誰かの手が肩に触れたため悲鳴をあげようとしたが、それはいつも一緒にいる愛しい声によって阻まれた。 「…なんだ、隆文か」 「おいおい、なんだとはなんだ」 抗議の言葉を漏らしつつ、隆文は私の隣に立った。 そしてゆっくり二人で歩き出す。 「はあー、びっくりした。だって変質者かと思ったんだもん」 「あー悪かった悪かった。こんな真っ暗の中あとつけられたら怖いもんな」 「わかってるならこんなことしないで」 「本当悪かったって。…なんだろうなあ、高校時代の3バカ復活か?ってぐらいに悪戯したくなったんだよ」 「もう…」 「ははっ、」 隆文の楽しそうな笑いが、住宅街に響いた。 「まあ実を言うと電車に乗ってた時からお前に気付いてたんだけどなー。後ろから近付いて痴漢紛いのことしようかと考えてたらいつの間にか駅に着いててな」 「…変態?」 「おい、引くなよ。冗談だ冗談。……だからそんな顔すんなって」 全く、どうしようもない悪戯っ子。いつまでも子供みたいなんだから。 私はふぅ、と溜め息を一つ零す。 「しょうがねぇだろ、それくらい愛してるってことだ」 一瞬にしてフリーズ。 今、なんとおっしゃいまして? 「…………」 「おい、なんでそんな生暖かい目で見てんだ」 「別に…」 ふいっと、視線をそらす。 すると、さっき隆文が言った言葉が反芻された。 ……不意打ちは汚い。ずるい。 私は自分の頬が一気に火照り、赤くなるのを感じた。 あーあ、よかった今が夜で。 明るかったら何を言われたもんかたまったもんじゃない。 「顔、赤いぞ」 なんでわかるんだこの変態。 「赤くない」 「赤いね」 「あーかーくーなーい」 「いんや、」 「ちょ、っと」 言葉と共にがしっと掴まれた腕。 自然と向き合う形になる。 絡み合う視線。どちらからともなくゆっくりと近付いてゆく顔。軽く触れるだけで離された唇。 運悪くそこは街灯の下で。 月明かりを打ち消すほどの人工的な明かりに照らされた私たち。 会話のない空間。 ここは公共の道路なのにまるで私たちしかいないかのような錯覚に陥る。 「ここ、道路」 「そうだな」 「公共の場」 「そうだな」 「しん、じらんない」 「どうもありがとう」 「褒めてない…っ」 「そんなこと言って嬉しかったくせに」 そうやって言って裏を含んだにやっとした笑顔を私に向ける貴方。 そんな貴方だから、私は何度でも許してしまうし、惚れてしまうんだ。 私と貴方と時々昔 (悪戯は尽きない) 2011/05/24 |