3-2 | ナノ











だってつい最近まで近い未来さえもわからなかった俺が、こいつの未来を手に入れられたということだけでも十分感謝すべきなのに、そんな、こと。
いや、別に求めてるわけじゃない。
本当は求めるだなんておこがましいことはしたくないけど、なぜか期待してしまう俺がいる。
勝手に期待して、勝手に傷付いて。
そんなことで顔を歪めてしまうような俺なんか、あいつに見せたくないのに。








「……哉太?もう授業終わったよ?」

「へ、」


気がつくと周りにいたはずのクラスメイトたちは誰もかれもいなくなっていて、俺の近くにはいつも一緒にいるはずの錫也もいなくて、いるのはただ一人、俺の恋人の月子しかいなかった。


「あれ、錫也は……?」

「錫也は食堂のおばちゃんたちと春の新メニューについて話すんだって言って、食堂に行っちゃった」

「そう、か……」


ふい、と月子を見遣ると真っ先に視界に入ったのは淡いピンクの唇だった。
そりゃ恋人になって随分経つから、何回も、その、キスくらい、したことはある(それ以上のことも、まあ察してくれ)。
でも、何回もしたのにもかかわらず、何回でもしたくなるのだ。
特に何のケアをしているわけでもないらしい月子の唇は、キスをするととても柔らかくて、いつまでも味わっていたいくらいに甘い。

今こうして普通にしているときでさえその柔らかい感触を、って、何考えてるんだ俺……!


「哉太?」


いつもはおばちゃんと話が合うほどオカン属性を持った錫也を茶化す俺が何も言わなかったのを不思議に思ったのか、月子が俺の顔を覗き込んできた。

ちょ、っと……近い……!


「おおお俺っ、職員室行かなきゃいけないんだった!」

「え?」


いきなり立ち上がった俺をこれまた不思議そうに見上げて、そんなこと聞いていないとでもいうように目を一回瞬いた。


「は、陽日先生に呼ばれてたのすっかり忘れてたんだよ……!じゃ、じゃあな!」

「ちょ、ちょっと哉太!?」


机の横にかけてあったバックをひったくるように掻っ攫って、制止する月子の声も無視をして教室をあとにした。













「はあ……」


廊下に響き渡るくらいに大きなため息をついた俺は、先ほどの自分の行為を思い返していた。


(……さすがにあれはない。嘘もついちまったし……ちくしょー……)


職員室に行かなければならないというのも、陽日先生に呼ばれているというのも、あの時の状況を何とか打開したかったために言ったもので、もちろん全て嘘である。
でもあの時もし逃げていなかったら、自分のどうしようもない本能に任せて月子を困らせていただろう。
そんなのは嫌だ。
あいつを困らせる事なんてしたくない。
だけど、と思ってしまう思考を何とか振り払い、これからどうするかを考えた。


(職員室に行く理由もないし、けど自分の部屋に戻るのも、なんかなあ……)


そう思った俺の行くところは、実を言うと最初から決まっていた。













夕焼け空の綺麗な橙色が、静かにかつ強かに俺を照らす。
心休まる暖かな光、だけど、どことなく自身を貫くような光。
この屋上庭園からの景色は変わらないで俺を見つめてくれている。
そんな馴染みのあるものによく手を伸ばして届かないことを何度も頭に叩き込んで、でもそれでもめげずに手を伸ばそうとして。
結果的に手が届いたからいいけれど。
だけど。



「哉太……?」


はっとして振り返るとそこには、


「月、子」

「職員室に行ったんじゃないの」

「え、っと、陽日先生いなくてさ、」

「そう」


どこか憂いの含む表情をしながらいつもとは違う乾いた返事をすると、俺の隣へと近付いてきた。
何となくさっきの嘘に対して申し訳が立たない気がして、急いで前を向く。



「ねえ、哉太?」

「なんだ?」

「……何でもない」

「なん、だよ」

「何でもないよ」


ふっ、と小さく笑った気がして、ぱっと月子を見たが何分西日が俺たちを容赦なく照らすため、表情が見えない。

だけど声色で、俺はわかってしまった。



こいつは、悟ってしまったかもしれない。
そりゃずっと一緒にいるのだから幼馴染としての大体の思考はわかってしまうだろう。
だけど男の俺の思考は読めないはずだからきっと勘違いをしているだろうな。

ああ、結局、
俺はこいつを傷付けているじゃないか。



そう思いながら月子と一緒に夕焼け空が夜空に変わる風景をただ見ていた。













パラディン・カモフラージュ
(隠せるはずないのに、意地を張ってしまう)





03/18 Kanata Nanami
HAPPY BIRTHDAY!



2011/03/19