6-9f | ナノ








どうも最近落ち着かなくて、
あまり慣れないことをしている。





そのせいか、吸った後に唇が少し荒れるのが気に食わないけど、この作用の対価と思えば安いものだろう。

ふーっと煙を吐くと、高ぶりそうになっていた気持ちがだんだんと落ち着いてくる。
いい加減抑える方法を会得しなければ。
よく考えると、僕はまだ子供なのかな。








コンコンと控えめなノックの後に、蝶番の軋む音が聞こえ自室の扉が開かれた。


「郁、今大丈夫?」


開かれた扉の方へ振り向くとそこから現れたこの世の何よりも愛おしい存在。
ああ、僕の理性は薄っぺらい一枚の紙のようらしい。視界に入っただけで、さっきの高揚感がぶり返してきそうで。


「大丈夫だけど、どうしたの?」

「コーヒー、持ってきたの」

「ああ……」


僕は持っていた煙草を一回吸ってから、ポケット灰皿(普段はそんなに吸わないからきちんとした灰皿は持っていない)へ捨て、煙を吐きながら机の上に散乱してる書類やら何やらをさっと一カ所にまとめる。……ああ、待って、この書類はこっち、いや、こっち、か。


「お仕事、邪魔しちゃった?」


僕へと近付いてきて、机の少し片付いた部分に静かにコーヒーカップを置く。
最近の彼女は、お茶は相変わらずのまずさだけど、コーヒーだけはうまく淹れられるようになってきて、僕のお気に入りとなった。


「いや、大丈夫だよ」


他のものとは別にしたい書類を片手に、それを収納するべきファイルはどこに置いただろうと探していたため、多少上の空で答えてしまったが、


「ならよかった」


と安堵感で満ち溢れた声を発する君に僕は心を奪われる。たったそれだけ、声だけだというのに、彼女には僕を惑わせる特別な魅力がある。とはいえ、こんなことで一々理性をなくしそうになるなら、これから先、僕はどうなるんだろう。

とりあえず落ち着こうか、そう思ってお目当てのファイルを見つけ、手にしている書類をそれに入れて、置かれたコーヒーに手を伸ばそうとすると、彼女が僕に話し掛けてきた。


「ねえ、」

「何?」


少しだけくるりと回転椅子を彼女のほうに向け彼女は僕を見下ろし、僕が彼女を見上げるように、二人で向き合う形にすると、そうして見えた彼女の顔は珍しく真剣な顔つきをしていた。


「さっき、煙草吸ってたよね?」

「ああ、そうだね」

「同棲始めたころからいつも吸ってたっけ?それとも最近?」

「最近、かな、」


僕たちは最近籍を入れた。まあ入れたからといってそれまでの間、少しではあるけど同棲をしていたわけだし、これといって変わったことはないんだけど。
ただ一つ、変わったことは、彼女に僕の妻という枷をつけてしまった、ということだけだ。
だけど、物事というのは何か一つ変わると、連鎖反応のように他の何かが変わってしまうのかもしれない。
それを証明するかのように僕が少し変わってしまった。
まあ元から惹かれていたけれど、それがエスカレートしてしまったよね。
僕は彼女よりも大人であるはずなのに。


「何か、あったの?」

「なんで?」

「あ、いや、煙草吸う人は気持ちを落ち着かせるために吸うって聞いたことあるから、」


言いながらわたわたとしてる彼女がかわいくて仕方なくて、それを見るだけで僕にはとてつもない甘美なご褒美のように見えてしまう。魅力という魔法に加えて、結婚という事実は僕にとんでもないフィルターを内蔵させてしまったようだ。


「そうだね、僕も一般人と同じ理由、かな」

「……何か、落ち着かないことでもあるの?」


不安そうに僕を見つめる彼女。
……もしかして、自分のせいかもしれないとか思ってる?


「うん、毎日落ち着かないよ、」

「え、」


彼女の顔色が一気に悪くなった。
ごめんね、好きな子はとことんいじめたい質なんだ。


「君のせいで、落ち着かない、」

「え、あ、」


僕の言葉に狼狽える彼女を見ていると自然に口角が上がってしまう。ああ、だから、僕はやっぱりまだ子供なんだろう。


「君が僕をいつもドキドキさせるから、僕は落ち着けないんだよ」

「え、……え?」


さっきとは一変、顔を真っ赤にして僕の顔を見たと思ったら、急に反らしたり。
全く、忙しいお姫様だ。


「君はいつになったらその魔性の魅力を抑えることができるんだろうね」

「い、郁……?」


ちょっと座ってと僕が促すと彼女は従順に僕に従って膝立ちになってくれた。そんな彼女の頬にゆっくりと手を伸ばす。瞬間、ぴくりと反応する彼女にまた口角が上がった。


「月子」

「は、い、」


彼女の名前をなるたけ甘く呼んだ僕に反応した彼女は、頬の赤みと微かな震えを纏っている。
だから、そういう行動が僕を煽ってるって気付いてないのかな?


「お仕置きだよ」

「え、……んん、」


我ながらものすごく理不尽なことを言っていることは、重々承知している。だけど、それでも抑えられないのは全部、君のせいでしょう?

またもや理不尽な理由をつけて、僕は彼女に責任転嫁をする。
本当に悪いのは自分自身なのに。



ああ、もう煙草なんて、意味がないじゃないか。誰だ、煙草を吸うのは気持ちを落ち着かせるためだ、なんて言ったやつは。この役立たずめ。煙草を使ってもどうせ理性をなくすなら、最初から抗わないほうが賢いかもしれない。
僕はそう思って、唇から離した自分のそれを彼女の首筋に押し付けた。










無益なシガレット
(煙草が鬱になるくらい理不尽にけなす)





2000HIT Thanks!



2011/03/03