彼の服をきゅっと掴んだ自分の左手が、少し汗ばんできた。 ちょっと、汚いよ、とか思わずに私はどうしたらいいのかそれだけを考えていた。 ドキドキ、どきどき。 高鳴る心臓の音が隣にいる貴方に聞こえるんじゃないかとびくびくして。 私は今彼の部屋にいて、ベッドに寄り掛かりながら二人で他愛のない話をしていて。 話が尽きた頃、部屋の空気が一変した。 明らかに恋人たちの空気になっていて、もしかしたらこれから……なんて思った。 初めては痛いと聞く。それに加えて、それから何回かしても人によってはその痛みが少し残るかもしれないと聞いていたから、幸福の対価の喪失の痛みは一回だけでは済まないのだと、少しの恐怖が私を襲った。 その恐怖に、私は何故かその恐怖を与えるであろう張本人に縋ってしまったのだ。 「夜、久……?」 いきなり服を握ってきた私に驚く貴方の表情は、私が俯いているせいで見えないけれど、きっと不思議そうな顔をしている。 「……………」 「夜、久、」 「…っ、」 しばらく私が何も言わないでいると、貴方は私に掴まれていない左手をそっと私の頬に寄せた。 急に触られて思わずびくっとする。 優しく触れた手は俯いた私の顔をあげようと動く。 ゆっくりとあげられた私の顔は直接顔を見られないはずの私にも想像できるほど強張っていて、恐怖感が滲み出ていた。 目は一瞬合ったものの、私が今考えていることを全てさらけ出してしまうような気がしてなんとなく反らした。 目がどうのこうのの前に表情でわかってしまうかもしれないが。 「あんまり、緊張すんな、」 「え……?」 いつもの調子とはほど遠く、向こうも緊張しているのか掠れた声を出した貴方の目を見る。 不思議そうな顔をしていたはずなのに情けないような顔色に変わっていた。 「勘違いだったらすまん、だが大事なことだと思うんだ、」 そう言って深呼吸して。 次の瞬間には真剣な眼差し。 「俺はやっぱり男だし、そういうことをしたいとは思う。だけどお前のことは大切にしたいんだよ。だからお前が慣れるまで、俺は待つから」 その言葉を聞いた瞬間、今まで以上に幸せを感じた。 この人は自分の欲求をぶつけるのではなく、抑えようとすることで、私のことを想ってくれてる。 そう思ったら愛しさが全身から溢れ出してきてどうしようもなくて。 恐怖が消えた安堵感も手伝って、いつの間にか涙が溢れてきた。 「……あ、りがと、」 「……おう、」 涙で滲んだ視界の中で、私の頭を撫でながら照れ臭そうに笑う貴方の顔を見ていた。 幸せに滲んだ世界で (いつか求めるその時まで待ってて) 2011/02/26 |