あいつのことが好きで好きで仕方なくて、触れることが怖くて。 きっと手に入れたら真っ先に手を出すかとお思いになっていた皆様のご期待に添えず、想いの通じたあの日のキス以来、一切あいつに触れていなかった。 「え、それ、マジか……?」 「ええ、確かに彼女は嘆いていましたよ」 ある平日のお昼休み。クラスのやつらが腹を満たしに食堂やら屋上庭園やらに行こうと続々と席を立つ中、俺もそれに続こうと、机の上の教材を片づけている時のことだった。同じ科の仲間であり星月学園副会長様の青空が近づいてきて、何かと思ったら、まさかこんな話をされるとは思わなかった。 「彼女は不安に思ってるみたいですよ?付き合い始めた日以来、犬飼くんが触れてこないことに」 どうやら俺がチキンハートを発動させているときに、夜久が不満、というか、俺たちの関係はただの部活仲間から恋人同士へ本当に変わったのか、と、気を病んでいるらしい。 「…………」 「犬飼くんがまだ手を出していないとは、驚きました」 「……青空、俺を何だと思っているんだ……」 「ふふ、でもまだ一回しかキスをしていないと聞いたときは本当に驚きましたよ。あれだけの想いを二人ともそれぞれで抱えていらっしゃったので」 これは後から聞いた話なのだが、俺と夜久は互いに想い合っており、だがしかし勇気が出ず、この気持ちをどうしたらいいのかお互いに青空に相談していたのだ。 夜久が不安感を抱いているだのなんだのという話の発端は、その臨時相談所で、まだ夜久に対してだけ開かれているらしいそれに、ついこの前夜久が来たらしい。 「まあ、そう、だけどよ……」 「怖い、んですか?」 「……まあ、」 「そう、ですか」 話を詳しく聞かずとも俺の意図を読み取ったようで、青空は、少し歯切れの悪い応答をした。 「……あいつは真っ白だ。煩悩のぼの字も何も知らないような、穢しちゃいけない聖域みたいなやつなんだ」 「はい」 「だからこそ、怖いんだ。俺みたいな半端者があいつに触れて、その純白を中途半端に穢してしまったら、って、」 そうしたら、俺の心は罪悪感でいっぱいになるし、それに加えそんなあいつを今まで必死に守ってきたあの幼なじみたちにも申し訳が立たない。 「だったら、このまま穢れずに、将来の旦那様と出会ったほうがいいんじゃないかって」 そのほうが、俺も安心できるし、夜久も穢れない。 「でも、犬飼くん、」 「は、い」 名前を呼ばれただけで、ピン、と張り詰める空気。俺の話を静かに聞いていた青空が、周りの温度が急激に下がるようなしゃべり方で話し始めた。 「そんなの、ただ逃げてるだけじゃないですか」 「っ、」 「今の言い方、まるで貴方と彼女が別れることを前提としているように思います。貴方は自分の手で彼女を幸せにしようとは思わないのですか?それならどうして付き合ったりなんかしたんです?最初から別れるつもりなら、お付き合いをお断りしたほうが彼女のためにもよかったのではないですか?」 青空の言っていることが、俺の心にぐさぐさと突き刺さる。 ああ、確かにそうだ。俺は夜久を想いながらも、もし付き合うことになったとして、自分が幸せにすることなど考えてもいなかったのだ。いや、例え仮定法でも付き合うということ自体、全然考えていなかった。 「そう、だな……そんなことも考えていなかったなんて、やっぱり俺は馬鹿だな……」 「でも今気付いたんだからよしとしましょう。ほら、お昼休みが終わるまでにまだ時間はあります。今のうちに、犬飼くんの素直な気持ちを、彼女に伝えてきたほうがいいんじゃないですか?」 「おう……そうだな、」 いつもの態度に戻った青空に、俺は正直ちょっとほっとしながら、あいつに本心を伝えるため、教室を後にした。 自家発電式不安要素 (結局、自分で蒔いた種だ) (待ってろ、すぐに取り除いてやる) 2011/02/17 |