inu3 | ナノ













よく校内であいつはいつも誰かと一緒にいる。大抵はあの幼なじみたちだけどある時は生徒会の面々だったり、先生たちだったり。部活の時も必ずといっていいほど側には木ノ瀬がいて、それに文句を言ってる宮地にそんな二人を胃を痛ませながら宥める部長。あまり一人でいるのは見たことがない。





なんだろうな。いつもその風景を見ているはずなのに何故だか落ち着かない。
それを見た瞬間に心が疼き出して、もやもやして、いつの間にやら溜め息をついている。そういうときに限ってあいつに見られてて。

この間だってそうだ。
教室移動のときに見かけたお前はあの幼なじみどもと仲良さそうにしゃべってて、俺は思わずその光景に目を奪われて、でも必死に我に返って、一回自分を落ち着かせる深呼吸のような形で溜め息をついただけなのに、ばっちりあいつに見られていた。


『今日元気なかったみたいだけど、何かあったの?』


……ああ、その天使のような笑顔が拝めるなら俺は毎日でも元気を無くすんだろうが、その理由が理由だから何とも言えない。



つーかよ、俺は何やってんだ?
白鳥の好きな人、って時点で俺はそんな資格ないはずだ、いや、あっちゃいけねえ。

……もし誰かがこの気持ちを恋だときちんと名付けるならば、俺はそれを喜んで投げ捨てるだろう。

だって、友人の好きな人を好きになる、なんざ。
なんて典型的でドロドロとした恋愛をしようとしているんだ俺は。
呆れて物も言えん。
とはいえそんな客観的に見ている場合ではない。自分のことなのだからしっかりと主観的に物事を見なければ……とは思うが、どうしてもどこか他人事になる自分に嫌気がさす。



まああいつにどうのこうの想ってしまうのは、きっとこの状況もいけないんだろうな。
校内にたった一人の女生徒。
誰が恋などしないだろうか、いやする。
いや、恋をするだけではない。
女性、というものに対するイメージをそのまんま享受したかのようなあいつに、憧れを抱く者もいるだろう。

俺はその中の一人にしか過ぎんのだ。
そうだ、大多数の中の一人。
そりゃほんのちょっとにしかすぎないとはいえ部活の仲間という関わりがありゃ大分ポジション的においしいかもしれないが、残念なことにもっとおいしいやつがたくさんいる。

だから俺は動けやしない。
動きたくないんだ。
この手を伸ばしてあいつに触れられるのか?この足を一歩進めてあいつを抱きしめられるのか?他にもたくさんフラグの立ってるやつがいるのに、俺なんざ立ちそうなフラグさえありはしねえ。
そんな俺が。
……はっ、おこがましいにも程がある。

ここから動いたとして叶うはずないと最初からわかっていることは単なる時間の浪費にしかすぎない。
生産性のないことはしたくない。



頭ではそう考えている。
……だけど。
はあ……本当に、人間ってのは厄介だ。
知識、思考、道徳、倫理……。
世界を形作るあらゆる分野を脳で処理できるくせに、感情、という部分はどうにも解せないらしい。
どうしてここまで俺を掻き立てるのか、全く持ってわからない。
あれか?全校生徒の女神を手に入れてみたいという単なる好奇心か?それとも、友人の好きな人を好きになるという道徳的に反することをしてる俺マジ切ねえ、といった感じに自分に慈悲を与え、その余韻に浸りたいのか?
何個も何個も理由の候補は出て来るけれど、いっこうにこれだという論にたどり着かない。
……ああもう、苛ついてくる。
結局俺は(いや人間全体か?)どうしようもなく無能だということか。
……ああそうかい、そっちがその気なら、無能は無能なりに何とか切り抜けてやろうってもんよ。
俺はぐっと、両の手に拳を作り、眩しいほど輝く空を見上げた。










自己認識不可能故
(誰に向けたかもわからないその言葉は、確かに自分の心に染みいた)





2011/02/07