それを見たとき、立っているのがやっとだった。それぐらい、俺の歩んできた人生の中でこれ以上ないんじゃないかってくらい衝撃を受けた。平凡な俺の、平凡だった人生が掻き乱されていったこの時間の、終結の瞬間。ぐらぐらと揺れる地面の上に立つ俺の隣には、誰も支えてくれる人がいなかった。 そう、お前は、いてくれなかった。 余計な御託はいらない、率直に言おう。 俺はお前が好きだった。ああ、今でも胸を張って好きだと言えるだろうな。 でも今は表立って言える感情じゃない。 だって今のお前の隣には、俺じゃない、別のやつがいるから。 なあ、お前も、少なからずは俺のことを想ってくれていたんじゃないのか? もしかしたら独り善がりかもしれんが、生憎俺はこういうことに関してそこまで鈍くないんでな。況していつも見てるやつの変化に気付かないわけがない。 ということで、自分で言うのもなんだが、俺とお前は、まあ、想い合っていた、んだと思うが……。 どうしてこんな結末になってしまったのだろうか。 よくある某ゲームに例えるなら俺はどこの選択肢を間違えた? あの時か、この時か……。 色々考えてみるけれど、どこにも間違ったところなんてなくて。いつでも俺は俺なりの正しい道筋を歩んでいて。いくら探しても見つからなくて、俺はある結論にたどり着いた。 ああ、もしかして俺は……お前の傍にいてはいけない運命だったのだろうか。 ……いや、違う。 人は平等に作られている、と誰かが言っていたのだから、星月学園という団体に所属する一生徒であり、ましてその中に一人しかいない女生徒の部活仲間という、こいつに接し得ない人間どもが羨むほどの立ち位置にいる俺は周りの人達と同様に、その機会を与えられてもいいのではないか。 きっと、もっと早く行動していればよかったのだ。人間、特に日本人にはよくある躊躇というものを発動させてしまった俺は、この心地好い関係が崩れることが、嫌だったのだ。 そんな典型的なヘタレさを露呈した愚かな俺に、運命の女神様は鉄槌を下したんだ。 俺に、あいつの彼氏の友達という称号を与えることで。 そう、あれは偶然だった。俺が弓道場に忘れ物を取りに行く時、偶然にも見てしまったのだ。宮地が、あいつに告白しているところを。俺はあの時ほど忘れ物をした自分を後悔したことはない。そしてあいつは……驚いた顔をしながらも、宮地を受け入れていた。 何故だ……どうして……あいつは……。 動揺しすぎてきちんとした文章にならなくて細かく千切れた言葉の断片が、ぐるぐると脳内を巡っていく。 その現実はじわりじわりと徐々に効いてくる薬のようで。 俺の愚劣な心を追い詰めていく。 見たくない、受け止めたくない現実を一気に眼前に突き付けられた気がした。 今思えば、もしかしたら俺のルートの中には選択肢なんかなくて、最初から決められていた運命通りの結末にたどり着いていたのかもしれない。だって、俺は所詮、攻略対象外だから。恋人の立場になることを許されない同級生など、あいつにとってただの同級生にしかすぎない。それ以上でも、それ以下でもない。いや、それ以上にもそれ以下にもなってはいけないのだ。 そう、これは、許されない感情だった。 嗚呼、運命の女神よ、何と言う仕打ちを……なんて俺はそんなこと言う柄じゃないが、更なる追い打ちをかけられ、どうしても慈悲を願いたくなるほどの出来事に出くわした。 『あのね、私、本当は犬飼くんのこと、好きだったんだよ』 ある日の放課後、たまたま俺とあいつとで弓道場に居残っていた。何気ない空間で、あいつの口から発せられた一言。その言葉で俺は、底があると思っていたこの泥沼が、本当は底無し沼だったことに気づいたんだ。 『そういうことには鈍いって、いつも私は言われちゃうけど、今回はさすがにわかっちゃった。だって、私がいつも見てた人のことだもん。』 『でもね、さすがに伝える勇気は出なかった。独り善がりだったらどうしようって思って』 『……もう、遅い、遅いよ……』 『だから、私たちはいい部活仲間! ……ねえ、そうでしょう?』 この気持ちを知ったからにはもう戻れない、引き返せない。 でも、この現実が有る限り、進めない。 せめてお前がそれを言わなければ良かったのに。 少し前まではそれを見る度にいつも俺の心をふわふわと天まで昇らせていたあいつの天使のような笑顔が、あいつがそうでしょう?と言った瞬間に、俺を更なる奈落へ誘う悪魔の微笑に見えたんだ。 俺が長い時間をかけてあいつのために積み上げてきたそれは過積載だったみたいで。でもそれは自ずからではなく、他の誰でもない、あいつ自身の手によって、崩壊させられた。 きちんと積み上げてきたのに土台が崩壊寸前だったジェンガのごとく、あっけなく崩れ落ちていったんだ。 過積載の行方 (翻弄され、堕ちる) nika様リクエストThanks! 2011/02/03 |