10-4 | ナノ








届かないならいっそのこと、離れてしまえばいい。でも、その諦めがつかないのは、貴方が好きで、大切だから。でも、でもね?少しでも近ければ、無理矢理、なんてこともできちゃうの。



手を伸ばして届くのならば生易しい方程式よりも解くのが簡単なはず。
この問題はそんなレベルの頭脳じゃ解けないくらい難しい、いや、どんなに賢い頭脳があっても解けやしないくらい複雑なもの。寧ろ頭では考えられない。
どんなに賢くなったって、ダメなものはダメなの。





多少薬品の香りのするこの場所で、また汚くなり始めた机の上で、仕事に真剣に取り組む貴方。仕草だって変わりはしないの。……ほら、また欠伸した。


「……………」


いつもの場所、いつもの仕草、いつもの貴方。

この空間にすっかり慣れてしまった私は、少しもの足りなさを感じていた。

会話がないのは事実。
でも何か話題を出して話していたい。
仕事の邪魔になってしまうけれど、何処かで接していたい。
ぐるぐると、渦が私の心に出来はじめる。



『一個手に入れればより多くを欲しがり、そのより多くを手に入れればそれよりもっと多くを欲する』



そのような言葉をどこかで聞いたことがある。
人はなんて欲深い生き物なのだろう。
現状には飽き足らず、新たな何かを求める。新たな何かが手に入ると、また別の新たな何かが欲しくなる。

ついこの間まで、この空間が好きだった。
星月先生と二人きり、会話はなくても一緒にいられるこの瞬間。同じ時を静かに過ごせるという安らぎ。
だけど、人の性とは悲しいものだ。そんな私の小さな快楽を容易く奪ってしまう。
ああ、ああ、私はどうしたらいいの?
何が何だかわからなくなって、気が付いたら私はふらり、と立ち上がっていた。


「……ん、どうした夜久………夜久?」

「先、生……私……」





見えない壁が壊れるまで、あと五秒。





インビジブルアンドテンダーバリアー
(その後は、お好きなように)





2011/01/10