10-3 | ナノ








「夜久、いつものまずいお茶を頼む」

「はい」


私は星月先生のためにお茶をいれるために立ち上がった。いつもおいしくなるように入れているのに何故かまずくなるお茶。でも、先生のお気に入りの味だから、別に気にしない。


「はい、お茶です」

「ん」


仕事の邪魔にならないように、静かに湯呑みを置いて、私は元の位置に戻る。
今日の机の上には課題が広がってる。いつもは何にも置いてないけど、今日は結構な量の課題が出たため、この時間を使ってやろうと考えたのだ。

星を見るのは好きだけど、なんていうか、理論とか計算とかよくわかんない。
あ、また計算問題で躓いちゃった。
そういえば……星月先生、一応お医者さん目指してたっていうし、教えてくれたりしないかな……。
仕事の邪魔しちゃうけど……ちょっと聞いてみよう。


「星月先生……」

「……ん?なんだ?」

「あの、勉強、ちょっと教えてもらってもいいですか?」

「勉強?……俺のわかるところだけな」

「ありがとうございます」


私は立ち上がって、先生のそばまで行く。距離が近くなるのは当たり前だけど、いつもの距離感じゃないから少しドキドキする。


「あの、ここの問題なんですけど……」

「ああ、ケプラーの法則か。そこは……」



……あれ?なんかいい匂いがする。先生、香水とかつけるような人だっけ。それとも洗剤の匂い……とか?今色んな種類出てるからな……。



「……で、第2の法則が……おい、お前説明聞いてるのか?」

「……へ?」


匂いにすっかり気を取られて、先生の説明なんてこれっぽっちも頭に入ってこなかった。


「おいおい、自分から聞いといてそれはないだろ……」

「す、すみません……」

「……ったく、今度はちゃんと聞いとけよ?」

「はい……」


いけないいけない、せっかく説明してもらってるんだから、今はちゃんと先生の説明を聞かなきゃ。
でも、何の匂いなんだろう……。



「……で、こうなるから、この答えになる。どうだ、理解できたか?」

「は、はい……わかりました。ありがとうございました」


軽く頭を下げて、先生頭いいんだな、これからここで課題やって先生に教えてもらおうかな……なんて思いながら、自分の席に戻ろうとした。けれど、


「なあ、」

「え?」


腕を引かれて、私は戻れなかった。振り向くと星月先生が私のことを不思議そうな目で見ていた。


「な、なんでしょうか……」

「お前、香水とかつけてるか?今、いい匂いがした。」

「いえ、特に何もつけてないですけど……」

「そうか?じゃあ俺の勘違いか……」


先生は私の腕を離して、仕事に戻った。

何なんだろう。先生も感じていたのか。私も、全く同じ匂いではないだろうけど感じた。
甘いような、でもそれでいて爽やかで、とても気持ちのいい匂い。
……考えてもわからないし、まあいいか、そう思って私は自分の位置に戻った。







二人の空気の漂いの中で
(空間の心地好さに流された)





2011/01/10