4年の春休み 犬飼と月子 ※月子の母親捏造注意 「卒業旅行?」 「そ。お前も俺も、友達と行く予定は立ててるだろうが、俺たちの、ってのは何も考えてないわけだ。卒業ついでにたまには二人っきりで旅行もいいんじゃねえか?」 2月。暦の上では春とは言えど、本格的な寒さを感じる時節の一つ。 そんな時節の一際寒い、とある日のデートの帰り道、俺は月子に一つの提案を投げかけた。 自分たちはもう4年生で、自分は就職、彼女は院へ進むことが決まっている。 卒業まであとわずか。まあ月子は卒業しても同じ研究室へいつもと変わらない毎日を過ごすことになるのだろうけど、一区切りとして一応は卒業である。 自分の周りの仲間たちは就職組やら院へ進む奴らなど十人十色ではあるが、基本今までと同じ環境にいる奴らは少なく、結局は離れることになる。それは月子も同じだ。 それぞれの仲間たちと別れを惜しむため、各自で旅行の計画があることは知っている。 高校時代の仲間たちとは今度卒業祝いの飲み会をしようと計画を立てている。 それぞれで予定があり、忙しいのはわかるが、でも、やっぱり。 そんな少しの欲もにょきっと姿を現し、今回の計画を提案したというわけである。 また、今はまだこんなに寒いが、さすがに3月にはお天道様もご機嫌ハッピーで、寒さも多少はましになってお出かけ日和になるだろうと踏んだのだ。 「えっと、日帰りでいいなら」 「……そうだったな、お前んちは男性込みの泊まり旅行は原則禁止だったな」 前に月子の家に遊びに行ったときに(挨拶をしに行ったときというほうが正しいかもしれない)、お手洗いだと席を外した父親の後姿を見送った月子の母親からこう告げられた。 『あ、そうそう、一応言っておくけどね、二人でお泊りは禁止よ?私はね、二人がちゃあんとわかってれば別にいいんだけど、お父さんがどうしてもダメだって言ってね……』 ……ああ、あと錫也くんも。いつになく真剣な眼差しで、お父さんに賛成です、って。……ふふっ、月子も犬飼くんも大変ね、お父さんが二人いるみたい。 少し面白げにくすりと笑う月子の母親の姿は、月子と同じものだった。 原則禁止というのは、もちろん部活の合宿や研究室旅行は良しとするからである。 それにしても、あの騎士が言ってるんじゃあ強行突破したらその日のうちに俺の首がなくなると言っても過言ではない気がしてきた。 「日帰りだとしたら、温泉がいいかな?」 「……ああ、朝早く出ればゆっくりできるだろうし、その日のうちに帰ればいいなら夕飯も食べて帰れるしな」 「温泉かー」 1年の春休みに真琴と行ったくらいかなあ、あと中学生の時の家族旅行……? 懐かしそうにあれやこれやと思い出すその見慣れた横顔を見ながら、温泉なら熱海だろうか、草津だろうか。 山から見る星空はもちろん綺麗だろうし、海で見る星空もまた一興、と思ったところでそうだ泊まりではないのだったと思い出す。 少し鼻の下が伸びてしまいそうになったが泊まりではないし混浴なんて中々ないだろうしついでに旅行に批判的な男たちを思い出して、自らを律することに励んだ。 「とりあえず、日程どうするか決めないとな」 さっきの不埒な考えは頭からほっぽり出して、キリっとしたいつになく真面目な顔で彼女に問いかけた。 「なにその顔」 「……いんや、なんでもない」 「ふーん……」 月子は意味ありげに俺の全身を足からなめるように見た後に視線を合わせてきて、あ、これはバレてる。 この数年、一緒にいたせいか、俺の大抵の悪戯や考えていることはお見通しらしい。 最初の頃はあれを考えてるでしょだのこれを考えてるでしょだの言ってきたが、あまりに悪戯がすぎるようでいつの頃からか何も言わずに疑惑の眼差しで俺のことを見るようになった。 正直、その視線が死ぬほど痛く、意外に辛い。 「うーん、3月上旬だともう空いてないかな?」 「そしたら卒業式の後か?」 「あ、じゃあ次の日とかは?」 「何言ってんだ、卒業式の日は部の打ち上げがあるだろ?きっと皆酔いつぶれて、まあ主に白鳥だろうが、きっと介抱役が俺に回ってくるだろうから、その翌日に行くのは少しばかり色々と辛いんじゃねぇか?俺が」 「あ、そっか……私には回ってこないだろうからまあいいんだけど」 「おい、薄情だぞ」 「はいはい。じゃあ、卒業式の次の日のなしね」 「おう。まああとででいいから都合のいい日教えろよ」 「うん」 「……農民、最後の我が儘ってか……」 「ん、何か言った?」 「いんや、何にも」 くだらない本心は隠してへらっと笑うと、へんなの、彼女はそう言って、含みをもたせて笑った。 twinkle star (キラキラと眩しく輝く二つの星たちに願いを) (その星たちは、お互いを照らしながら更に輝きを増している) 2014/03/03 |