勇者刑 | ナノ

片頬を釣り上げるような凶暴で歪な笑い方はベネティムの知る砲兵、ライノー・モルチェトのしないものであった。
荒くれ者の気配を一切隠さない様子からも彼の正体に思い至る。
我らが砲兵ではなく、ナマエがモルチェトと呼ぶ冒険者《這い鮫》である。
たまにこうして顔を出して、ナマエに会いにくる男だ。ナマエを心底恐れてる風であるのに、良くやるなとベネティムは思っている。

「よお、ベネティム」

恐らくは親しげにしているつもりだろうが、貧弱なベネティムが体躯が良く筋肉質な男ににじり寄られれば恐怖しか感じないのはごく普通だと思う。
整った顔立ちの内に潜む狂暴さや残酷さをベネティムは知っている。ナマエがドッタの見張りをする必要があると知ったときに両手足を折ればいいと提案していた。もちろん却下されていたが、あれは本気だったと思う。
恐ろしいので率先して関わりたくはないが、モルチェトは余程のことがなければベネティムに手を出さないと確信はあった。
ベネティムがナマエに気に入られてるからだ。
その理由はタツヤの世話を焼いていることや、ベネティムのホラ話を面白がってる節があるからだろう。
ともかく、ナマエが友であると宣うタツヤを任せるベネティムをモルチェトが乱暴に扱うことは出来ない、筈だ。少し自信がなくなってきた。

「モルチェトくん、ナマエはいませんよ」

「みたいだな。良い酒が入ったから持ってきたんだが……」

思わずベネティムは作り笑いのまま無言になる。酒を飲みすぎて泥酔して、ナマエに苦言を呈されていたのをもう忘れたのか。
暴れる前に速やかにナマエにオトされて適当に転がされていたモルチェトは記憶に新しい。
残りの酒はナマエに指示されたライノーが湯水のように消費していた。ついでにツァーヴたちもおこぼれに預かっていた。
ナマエはシラけた様子でツマミを少し手にしてすぐに部屋に戻っていた。念のためなのかモルチェトを引きずって。
ベネティムの回想が伝わったのかモルチェトは少し気まずそうに頬をかく。

「あれは安物だった上に色んな種類を飲んだから悪かったんだ。今回は良い酒だから大丈夫だ。ナマエに迷惑をかけるつもりはねぇ」

確かに質の悪い酒は混ざり物が多く悪酔いしやすい。上質な酒は純度が高く悪酔いはしにくい。
だが何事にも限度があり、モルチェトは限度を知らない男である。相当酒豪であるのは確かだが、限界を超えるほど飲みたがるのだ。
この根拠のない自信をナマエの前でも続けられるのだろうか。
モルチェトを丸め込まないとベネティムの休暇の安寧は得られない。しかし、それは相当なリスクと気苦労を要する作業だった。

「ナマエはーー」

ベネティムが覚悟を持って再び名前を出せば面白いくらいにモルチェトの目の色が変わる。
分かりやすく、モルチェトはナマエに会いたがっている。
ベネティムは“期待”されている。それを裏切るのはなんとも言えない気分で、だからベネティムは“嘘”を重ねる。

「すぐに帰ってきますよ。安心してください、モルチェトくん」

ベネティムは首の聖印に指を這わせて発動させた。ナマエはそれほど遠くにいっていないはずだった。
何処かしらの寝床を見つけて惰眠を貪っているだけだ。ナマエの怒りとモルチェトの怒り、どちらが怖いと言われれば後者であるので仕方がない。
なんせ後者に関しては命の危険があるのでーー


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