邪神の気まぐれで神隠し的な目に遭わされてしまった。何を言ってるかみんな分からないと思うが私もだから安心して欲しい。
聖人君子とは言わないが、それなりに品行方正で大きな犯罪も犯してない私がなぜ邪神様のいっぱいある目に留まってしまったのか解せぬ。
何でも面白い星の巡りを背負っているらしい。観察するつもりでそばに引き寄せたのだと。
永遠に留め置くつもりはなく、私がここで生を終えると帰れるらしい。死ねってことですか?
とりあえず荘園と呼ばれる場所で鬼ごっこみたいなゲームが開催されており、邪神はハンターと呼ばれる鬼側らしい。サバイバーと呼ばれる追いかけられる側もいるが会ったことはない。
ハンターは少なくとも人外じみた感じなのがポツポツと混じっていた。
邪神が私のことを”我の暇つぶしだ”とか余計なことを宣言すると変なちょっかいはほとんどなくなった。
ほとんど、というのは世の中には何にも例外がいるってやつである。
その例外というのはキンキンキラキラのなんか金色で液体みたいな体してる燕尾服を着ている左手が異形の概ね人型のハンターである。
その名をリッパー。なんか、ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)みたいだ。
一目会った瞬間から猛然と襲いかかってきたので私はいつも怯えている。
出会ってしまったばかりに、運命を感じたとか言い出す頭の湧いた殺人鬼に付け狙われる羽目になってしまった。邪神はいい余興だととても喜んでいた。世の中クソだ。
最恐のストーカーを得てしまった私は当然のようにリアル鬼ごっこ(鬼はリッパー)が恒常化していた。
早々に帰られては詰まらんと、邪神の気まぐれがなければ早々に決着はついてしまっていたろう。時折、生えてくる触手に私が転ばされて刃を避けたり、リッパーが行く手を遮られたりしつつ何とかかんとか鬼ごっこは続いていた。
そもそも私が捕まるとジ・エンドなのだ。
たまに発生する殺す気のないリッパーが厄介で、突如殺しモードに豹変するのでホントにあいつ気まぐれで訳分からん。
逆もまた然りでピタリと追いかけるのを辞めるので不気味すぎるのだ。

「待ってくださいよ。そんなに急いで何処へ行くんです」

「アンタのいない場所だよ」

振りかぶった異形の左手が私が寸前まで側にいた壁を深く抉る。
一晩も経てば不思議な力で修復されるのだがリッパーはホントにここの館の主に怒られていいと思う。
怒られてから、少しは大人しくしていて欲しい。欲求はゲームで全部発散して欲しい。

「実は今日の私は絶好調でしてね」

楽しげに語られる戦績は多分すごいんだろうけども私にはいまいちピンと来ない。そもそもルールを把握しきってないのだ。
少なくともサバイバーじゃなくて良かったと思う。こっちはこっちでリアル鬼ごっこが現在進行形なんですけどね!

「おやおや、今日は調子が悪いんですか?」

「やかましいわ」

ただの挑発かなんなのか言われた言葉を思い返すと確かに頭がグルグルする気はする。
いつもみたいに走れないし今にも足が縺れそうだ。そりゃそうだろう。疲れが溜まっている。
この緊張状態をまともな人間が何日も続けられる訳がないのだ。

「ようやく捕まえました」

ちょっと疲れたな。楽になりたいなと思っていたのが悪かったのか今回軍配を上げたのはリッパーだった。
念願の獲物を壁際に追い詰め、うぞうぞと蠢く異形の手が本人の待ちきれない気持ちを体現しているかのようだった。

「心配しなくても霧の刃は使わずにちゃんと”直接”切り裂いてあげますよ。その方が私も感触を楽しめますしね」

嬉々とした声音にリッパーは仮面の下で嗤っているに違いない。横顔から時折伺える口が弧を描いているだろうのは想像に容易かった。
リッパーにとって楽しかろうが、ナマエからすれば煌めく金色のよく分からん触手が肉を抉ると考えただけで全身から血の気が引く。
だって大きな怪我など一度もした事がないので、途轍もなく痛そうで、そしてグチャグチャになってしまいそうなんて想像だけで気が遠くなる。

あ、もう無理。

恐怖やら吐き気とストレスと疲れ等々様々な要因が重なった結果、私の意識はブツリと電源が切れるように途切れた。

「おや、ナマエ?寝てしまったんですか?つまらないですね」

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