霊体などという中途半端な状態だったが、ハスター以外にもナマエの存在を認識できるハンターはいた。
例えば、美智子からは久しぶりと挨拶され、ジョゼフの写真には映るし、二心一体で白黒無常と呼ばれる謝必安と范無咎なども気づいた。
暇を持て余してハスターの後をとてとてとついて行くと見えるハンターに話しかけられるのでなるべくリッパーのいる時は離れるようにしている。
ナマエは少し前に范無咎に頼み、ゲームの風景を観戦させて貰っていた。大部屋に行くと大きなスクリーンがあるらしいが、支給されている端末でも観戦は出来る。
ナマエは端末を所持している范無咎の手元を覗きながらリッパーの試合を観戦していた。
そして現在、目隠しをした梟の使い手が巧妙に誘導した先で、見事に撥ねられたリッパーにナマエはしばし大笑いしていた。ナマエは届かないだろうが梟使いに拍手喝采を送った。
あの無敵の電車に轢かれることはハンターどころかサバイバーも含めて稀によくあることらしい。
いかに頑健なハンターと言えど電車に撥ねられると無事と言うわけには行かないらしい。
念のため言っておくが、ナマエは誰彼構わず他人の不幸を喜ぶような性癖は持ち合わせていない。リッパーだからこそだ。

「奴にしては珍しいミスだな」

『そりゃあ、あんなに危ない電車は警戒するでしょう。リッパーは場数も多いから知らない筈ないからね』

画面上では起き上がったリッパーが片手で顔を覆って唸っている。
ハンターはサバイバーと違い一時的に気絶はしてもダウンしないのでリッパーはそのままゲームを続行するだろう。
よもや范無咎の性格上、リッパーのミスを揶揄いはしないだろうが、観戦していることは知られない方がいいかもしれない。
功績を自慢するのと同じくらいリッパーは失敗を晒すのを嫌がる。スマートな自分を演出したがるからだ。面倒臭いことになる気しかしない。

「一つ聞きたいんだが」

范無咎に水を向けられて、ナマエは端末から目を離す。
真っ直ぐな性格通りに真っ直ぐな視線を向けられてこれは恐らく雑談の類ではないだろうと察せられた。

「お前は、リッパーをとり殺す予定があるのか?」

『いやいや、そんな力は私にはないよ。その上、リッパーはとり殺されるようなタマじゃないからね?』

リッパーの強靭なメンタルでは被害者の呪いとか易々と跳ね除けそうだ。そもそも効果がなさそう。
呪いを得意とするサバイバーはいるがそれはそれとして。

「恨みがあるだろう」

『恨みはあるけど…憎しみが湧かないっていうか。ああいう奴なのは知ってたからそれはそれで助かったっていうか』

「ハッキリしろ」

『私が躊躇しちゃうことをリッパーは実行出来るんだよ。そこに助けられたことがある。だから酷いことされたから恨むけど憎むほどじゃない』

「意味が分からん」

『複雑な心境ってこと』

怪訝そうな顔をした范無咎は納得してなさそうだがこれ以上の追求は辞めたらしい。
異世界、あるいは遠い未来から招かれたナマエの特殊な立場はハスターしか知らない。説明しても意味不明だろう。
一度死を迎えると元の世界に戻れるなんて意味の分からない条件でナマエが帰るためにはリッパーが必要だった。
ナマエは自殺するような気概はなく、自分の手を汚すのを嫌がるのに殺してくれと誰かに請うのもおかしな話だ。
そんな所で現れた殺人鬼とは需要と供給が奇跡的に噛み合っていた。
死が迫ってくるのは本能的に怖かったので逃げ回っていたが、押し付けがましい愛情はともかくとして、最終的には結果を受け入れた。

「ならば奴に対してどう思ってるんだ」

范無咎に問われてナマエは改めて考えてみた。
まず、低いテノールの声が良い。口ずさむ鼻歌がナマエは好きだったりする。
その気になれば女性のエスコートはお手の物。品良く振る舞うが、時折子供っぽくムキになる面がある。後者は特にゲーム中に顕著だ。
縦に長いので華奢に見えるが、男性らしくしっかりした骨格をしている。
殺人鬼だが、リッパーに魅力がないとは思わない。殺人鬼なのが問題だ。最大で決定的な。

「客観的に見て言わせて貰えば奴はお前を好ましく思ってるぞ。それはもう分かりやすいくらいに」

『それ今言う?殺したいくらい好ましいって?』

「それはまあ…そんな奴だからな」

『ちょっと自信なくすのやめて?』

ごにょごにょと尻すぼみになった范無咎をナマエはジト目で睨んだ。
好きだから殺したい、が理解できないのは范無咎も同じらしくナマエは少し安心した。

「少なくとも殺したから用済みなんて事はないようだぞ。リッパーのお前への興味は失せていない」

『ささやかなフォローをどうも。取り敢えず特殊なのは分かった。私には覚悟が必要だ。もう一度、死んだら弔ってくれる?』

「死なない努力はしないのか」

『するけど、本気で狙われたら時間の問題だと思うんだよね』

「そこまでしてなぜ奴に付き合うんだ」

『そりゃあ、可哀想だと思ってるからと……好ましいからじゃない?』

安直だがそうなのだろう。ナマエの理想通りに報われることはないだろうがリッパーの事が少なからず好ましいから付き合ってやる気があるのだろう。
范無咎の言うようにリッパーはナマエの思っていたよりは薄情ではなかったようなのでその点も少しは見直した。
ナマエの回答に目を見開いた范無咎はしばらく固まっていた。
理解不能だと言わんばかりに首を振ると動きに合わせて辮髪が尾のように揺れる。

「知らないようだから言ってやるが、他者を呪うのは恨みだけではない」

『その話、長くなるなら別の機会にしようよ』

憂いの滲んだ声で呟いて、范無咎は視線を遠くに向けた。片割れの事でも考えているのだろうか。
それは他者が踏み込んでしまっていい領域だろうか。踏み出したのは范無咎だが易々と他人が知るべき事ではないことくらいナマエにだってわかる。
微妙な顔で話を逸らそうとしたナマエに范無咎は厳しい目を向けていた。

「お前に話すと決めたからには聞きたくなくとも俺は聞かせる」

『やめといたほうがいいと思うよ』

「二度も言わせるな」

大したことないとでも言うように范無咎は鼻で笑う。
そうだろうか。語られた范無咎の境遇とナマエの境遇は全く違う。謝必安は范無咎を絶望するほどに喪いたくなかったろうが、リッパーは嬉々としてナマエを殺めた。その違いはとてつもなく大きい。
それでも、ただ一つ共通点があるとしたら置いて逝った者同士であるくらいか。
范無咎はナマエとリッパーの事で何か思うところがあるようだ。

「お前たちを見ているとまどろっこしくなる」

『あっ、ちょっ』

ギラリと范無咎の目が凶暴な光を宿すと手にした鈴の音が鳴ると脳が揺れるような感覚と共にナマエの平衡感覚が失われる。范無咎の力は身体がなくとも効果があるらしい。
尻餅をついたナマエを小脇に抱えて范無咎は歩き出す。なんと、触れることも出来るらしい。

「お前はリッパーに会うべきだ」

『范無咎からひどい辱めを受けたってチクる』

「それは本気で辞めろ」

軽口を叩き合いながら向かう先はナマエの部屋だ。
なんだか後押しされてばかりだなぁと苦笑したナマエを何笑ってるんだと范無咎が小突いていた。

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