リッパーから見えなくて良かったと心底安心しながら息を詰めていた私は名残惜しそうにしていたリッパーの気配が消えてようやく大きく息を吐き出した。
最初は私の部屋に誰か新しい住人がいて、その相手を訪ねていたのかと思っていたのにいかんやつを見てしまった気しかしない。
なにアレなにアレなにアレ。
めっっっちゃヤバいやつやん。一体どうしたらあんな有様になってしまうんだ。
なんか甘ったるいような粘っこいような妙な空気を思い出してゾゾっと背筋に寒気が走る。
誰と誰が深い絆を形成したんです??
そんな要素あった?ないよね?我々はただの被害者と加害者!
それ以上でも以下でもない筈だ。殺した相手の死体の元に足繁く通うんじゃない。
断末魔をあげることなく、動きも血を流しもしないソレをリッパーが愛でる意味は分からない。私の認識では“活きのいい獲物”を好んでいたようだったが何か心情の変化でも起きたのだろうか。
荘園にずっと閉じ込められてるようなものだもんね。もともとないけど正気の一つや二つぶっ飛んでしまってもおかしくないかもしれない。もともとイカれてるけど!
死体と認識しながら普通に話しかけるのも怖い。いそいそと周囲を飾り、満足そうにしているのは殺した獲物を一種の作品だと思っているのだろうか。うん、きっとそう。そういうことにしておこう。
自身の作り上げた作品を愛でる。いいよいいよ。それは普通っぽいことだ。私にだって理解できる範囲だ。
人一人死んでるけど今更なのでスルー。死んでるのは私だしね。リッパーに殺さないでくれなんて懇願しても無駄だと分かっている。
我慢とか抑えるとか、そういうのは無理な奴なのだ。リッパーは紳士である一方、己の裡に息づく殺人鬼としての凶暴性を抱えている。矛盾した二つが永遠に釣り合わない天秤の上で危ういバランスで両立している。正気じゃないからあっちこっちふらふらと傾いていても矛盾に壊れることもない。
恐らくは後者に傾くことがとても多いのだろう。
ほんの一瞬の一時凌ぎは出来ても結局はあの左手を振るわずにはいられない。
天秤が傾くタイミングは本人にも分かっていないに違いない。気にしてもいないだろう。
タイミングの切り替えは他人には唐突に見えるだろうし、予測不能なのは間違いない。狂気的にも取れる。だが、リッパーの中では成立している。だから、あるがままに振る舞う。それが成立出来るのは正気じゃないからだ。
それこそ狂気に染まった殺人鬼であり紳士らしい。
まあ、こんな特に心理学とか習ってもない素人の私の分析なので正しいか間違ってるかなんて分からない。答えは永遠に出ないだろう。リッパー本人にすら説明できないものだと思うから。
さて、現実逃避はこの辺りにして目の前の現実を見ようか。
私は“私の死体”を前にしてどうするべきか思い悩んでいた。触ると中に入れるらしい。
見たところリッパーが滅茶苦茶にしてくれた部分は綺麗になっている。服に血が滲んでる様子はなく、腹の部分に歪に裂けた様子はない。シャツ越しなので傷口までは見えないが少なくとも形はマトモだ。
ざっと検分して問題なく使えるだろう身体を前にして気が進まないのはリッパーの様子が変だからだ。
次ってなんだ。次って。
多少懐かせてぶっ殺すみたいな感じ?最期の晩餐、私一口も食べれなかったよ?酷くない?好物いっぱい並んでたよ?
食べ物の恨みは深いのだ。……半分本気の冗談はさて置いて、ざっくり殺られて、あんなの気持ちいいわけでも楽しくもない。
楽しいのも気持ちいいのもリッパーだけだ。ホントにあいつが言った通りに独り善がりだよ。マジで勘弁して欲しいよね。

『よし、邪神の所に帰ろう』

数秒逡巡の後、私に出来たのは問題の先送りだった。
しばらくして痺れを切らした邪神様に押し切られる気がするがそれまでくらいウダウダさせてくれ。

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