「来たな、ナマエ」
遠いような近いような距離を感じさせる声には聞き覚えがあった。
足元には見るだけで頭痛がしてきそうな不思議な言語が連ねられている。幾重にも描かれた円や直線は召喚陣とか言うやつらしい。
赤黒い線で描かれたその辺りが錆臭い原因は考えないことにした。
予感はあったが些か早いのではないだろうか。抵抗は無意味だとナマエは早々に諦めてはいたが、不満がないわけではなかった。
『邪神様』
「うむ」
多眼を瞬かせて鷹揚に応えてみせた邪神にナマエは眉をつり上げる。
だが文句を言ったところで暖簾に腕押し糠に釘だから怒るだけ無駄だ。
起こったことは仕方ない。少しでも解決の糸口を探る方が建設的だった。
『何故私は透けてるんですかねぇ』
「貴様の肉体はここにはない。故に今の貴様は霊体のようなものだ」
『誰かが保管してるの?そんな価値があるとは思えないけど』
「さてな。それを決めるのは貴様ではなかろう」
それはそうだ。
価値があると思っているからその相手はナマエの身体を持っているのだろう。
ナマエは疑問を覚えた。
死体に興味を持ちそうなハンターはいただろうか。
一通り知っているがそんなハンターには覚えがない。
『リッパーにぐちゃぐちゃにされてたと思うんだけど』
「我が手ずから繕ってやった。感謝するがよい」
ナマエは邪神の手ずからには手放しでは喜べない。
恐ろしいオプションやらが取り付けられてそうだ。或いは代償や呪いとも呼べるものが。
人として生きていけない身体になってしまっていたら目も当てられない。
『真っ当に人間として生きていけるようにしてくれてる?』
「寸分違わぬ」
『偉大なる邪神様に感謝申し上げます』
ナマエが両手を合わせて心より崇めると邪神は満足そうにうなづいた。
『それで、今回私はどうしたらいいの』
「まずは肉体を見つけろ。貴様が触れれば魂は然るべき場所に収まることになる」
『それからは前回と同じね』
「そうとは限らん」
『え、何それ』
ナマエの疑問に邪神は軋むような笑い声をこぼすだけだった。
これは聞き逃すとマズイ予感を感じたナマエがなんとか情報を引き出そうと考えた時、ノック音が響いた。
邪神が了承を伝えるとドアが開く。覗く顔は知らないものだった。
「ハスター、そろそろゲームが始まりますよ」
聞き覚えのある声がした。聞き覚えのある声で見覚えのない姿だ。
まず、立った襟が特徴的なコートを着ている。頭には長いシルクハット。右手は指ぬきグローブを嵌めていて、左手は不自然に大きくそれぞれの指先には鋭い刃が備わっていた。そして、仮面の穴は二つある。ナマエの思い浮かべるリッパーは隻眼の筈だ。それにリッパーのように肌も金色でなく、流動体でもなく、人に近い。
「うむ、ご苦労」
「私は既にゲームを終えておりますのでこれにて失礼」
訪問者はナマエに気づいた様子はなかった。どうやらナマエが見えているのは邪神だけらしい。
なにか急いだ様子で早々に退出した訪問者をぼけっと見守っていると邪神がナマエにだけ聞こえるように囁いた。
「着いて行け」