ゆさゆさ、ゆらゆら、力ない身体を揺さぶる。触れると生き物の温度がするからまだ死んではないはずだ。
ベネティムは詐欺師である。医者ではないがナマエが生きていることは確信していた。
根拠はない。そうでなくてはならないと、ちょっとした祈りと現実逃避もあるかも知れない。
ベネティムは口先で、死んだものを生きているように見せかけることは出来ても、死者が死者であることに変わりはない。
つまりどんなに願っても死体が死体であることに変わりはない。それを覆す力はベネティムにはなかった。
ベネティムにはどうしてもナマエが何の“報復”もせずにここで無為に死んでいるとは思えなかった。どれほどの犠牲を払ってでも…と物騒極まりない前提はあるもののナマエは一矢報いることに関してはまさしく神がかりな力を発揮する男なのだ。その男がこんな所でただ死ぬはずがない。

「ナマエ、ナマエ、起きてください」

「うるせぇぞ」

大儀そうな声がした。頭を掻こうとしてありえない方向にねじ曲がった指先を見てため息を吐き出す。道理で痛いと思ったぜと付け加えながら。
戦闘に携わるものはみなそうなのだろうか。素人のベネティムの目で見ても戦闘時の高揚で説明がつかないほどにナマエは痛みに強い。
起き上がり座り込むナマエは指を元に戻そうと四苦八苦していた。もはや拷問レベルの整体を平然としているナマエの患部からベネティムはさりげなく目を逸らした。

「戦況はどうだ」

「芳しくないですが逆転は可能だと思います」

「友軍は全滅か」

ベネティムの脚色を無視してナマエは端的に状況をまとめる。
見たままをナマエは理解したようだった。近場に転がった何者かの遺体を見つけて目を細める。

「使ってやれば良かった」

ナマエは無為な死を取り分け嫌う。自身の死でも他人の死でも。
ナマエが戦うのは、敵を殺すためだ。それ以上のものはない。
戦う理由は、生き残るためでも、誇りのためでも、国への忠誠でも、守りたいものがあるわけでもない。しかし、絶対に己を殺すものをタダでは置かないーーその一点への執念が驚くほどに強い。生き残ればそれでよし、死ぬとしても一矢報いて必ず死ぬ。そう言う類の男である。
故に勇者刑の刑罰すら大して重要視しない。

「ベネティム、安心しろ。これだけ死体があれば素材には困らん」

「そうではなくてですね」

ナマエは何にでも聖印を刻み利用する。生物でも死んだものでも無機物でも己であろうとも、全てだ。
ナマエの持つ聖印技術は現代のものとやや異なる…らしい。ベネティムは門外漢であるので詳しくは知らないが、本来は事前に刻むべき聖印をその場で刻み複雑に運用するなどあり得ないことなのだそうだ。
中でも最も高い威力を誇るのが“死と共に発動する聖印”でありこれは人間の死に際に抜ける何某かを利用しているらしく本来なら一度限りの大技である。ナマエは懲罰勇者であり蘇生可能なので幾度となく使用しているが…
ナマエの生命を度外視した特攻めいた戦いはどう足掻いてもどうにもならない時限定である。今はまさにそれに近い。
そして、ベネティムはそこにほぼ確実に巻き込まれる立ち位置にいる。

「助けてください!」

ベネティムはナマエに懇願した。ベネティムは死にたくない。たとえ復活出来るとしても以前と同じ自分のままでいられる保証などない。
そもそも死ぬのは痛い上に怖い。それだけで忌避するには十分である。

「落ち着けよ。お前は寂しくて寝てた俺を起こしたのか?」

ベネティムの泣き言にナマエは冗談めいた言葉を返した。
それを肯定しようかとベネティムは思案する。しかし却下である。そんな情に絆されてくれる男ではない。
ベネティムはナマエの無事な方の手の裾を握った。
ナマエが興味深そうに瞬きをするのはベネティムの嘘やペテンを面白がってる節があるからだ。
そんなナマエにベネティムはとある言葉を用意した。タツヤには有効だった。ナマエはタツヤと同輩だ。だから、ものは試しと言うやつだ。

「英雄のように、戦ってください」

瞬間、ドッと沸いた音にベネティムは呆気に取られた。それがナマエの笑い声だと気づくまでに数瞬かかった。ナマエは高らかに笑う。あまりに堂々として、状況に似つかわしくないことは間違いなかった。
目を白黒させているベネティムはその音に気付いて近寄ってきた異形に小さく悲鳴を上げる。
ベネティムに異形を殺すような戦闘能力はないからだ。そもそもそれなりに戦える戦士にしたって相手取るには数が多すぎる。

「たくさん寄ってきたなぁ」

ナマエが妙な方向に曲がった指を残りの手で捻るとボキリと耳を塞ぎたくなる音がした。
それに構わず口で咥えると、力を込めて噛みちぎる。もぐもぐと口を動かすナマエにベネティムは吐き気を催したが堪える。そんな場合ではないのだ。

「何とかしてください!」

「おう」

軽く請け負ったナマエが吐き出した指の原型を留めていない肉塊が、異形の群れの目前で勢いよく弾ける。まさしくそれは爆発だった。眩い閃光が目を焼き、爆風に押し出されるようにしてベネティムは地面に転がった。
仰ぐ先では異形の肉片と血で顔を染めながらナマエが壮絶な笑みを浮かべていた。
ナマエの血肉は一片残らず敵を殲滅するために使われる。そのような聖印を刻んでいるらしい。最終手段としては自爆やら毒を用いて己の死すら利用して、敵を殺すのだ。
(時には他人にもその類の聖印を施すのだが幸運にもベネティムはそれをまだ知らずにいた)
聖印というものをベネティムは専門的には理解しきれていないが、これは異常で特別なことなのだろう。
そんな“頭がおかしい”ことを思いついて可能に出来るのが世の中に何人もいては堪らない。

「魔王はあっちだな。行くぞ、ベネティム。進軍だ」

異形まみれの戦地に置いていかれても困るが、殲滅兵ナマエの側も怖くてたまらない。
ベネティムはついさっきの己に問いたくなった。これから始まる殺戮の主を誰が“英雄”と呼ぶのだろうか。


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