「ただで死んでたまるか、目にモノみせてやる」

戦略的一時撤退の最中で血を吐くような叫び…実際吐いているのだが、そこはご愛嬌。
やはり世の中はクソだ。軍部も神殿も無理難題を吹っ掛けることしか考えてねぇ。
此度の刑罰もありえねぇ難度と無茶苦茶な要求にブチ切れそうだ。死ぬことよりもそちらの方が腹立たしい。

「大丈夫かい?まだ戦えるかな。痛みに効く薬草だよ」

瀕死で俺が譫言でも言ってると思ってるのか、あるいはどうでもいいと思ってるのか、ライノーはいつも通り胡散臭い。
俺を肩に背負いながら気色悪い笑みを浮かべて口にグイグイとヤバそうな薬草を突っ込んでくる。移動で揺れる上に腹を自重で圧迫されながら更なる苦行である。
とんでもなく青臭くて苦くてこの世のものとは思えない味だが噛み砕いて飲み込むことは可能だった。
どうせ死ぬなら、薬草で朦朧としてる方が楽だろう。
それは分かってた。
分かってたが、そんなの勿体ねぇと吐き出した。
体内に薬草なんて入れたら、これからやろうとすることに差し支える…可能性がある。

「ライノー」

呼びかけると少しだけ顔をこちらを向けたライノーの妙に尖った歯に指先を滑らせる。喉を鳴らすライノーに心底うんざりするが、コイツは俺の切り札となるらしい。







俺は任務もとい刑罰で死んだ。
幸運か不運か、前回の刑罰の記憶がない。
刑罰は俺が死んだ後にライノーが上手くやったらしい。
死の前後の記憶は曖昧だった。いつものことである。
一度死ねば大体そんなものであると納得しつつ、“以前と違う”一点が俺の懸念事項だった。ライノーが前回の刑罰から何処かおかしいのだ。

「美味しいかい?」

乗り上げるようにして食事する俺を見る大柄な男の圧迫感と不快感といったらない。
雑にライノーの頭を押し戻すと奴は素直に席に戻った。ただし目線は俺に向けたままである。
その鬱陶しい目玉にフォークでも投げてやろうか。そんなことを考える。
この男は歪で、異常で、そして人から胡散臭いと思われる才能がある。
嘘でできたベネティムより余程胡散臭いと俺は感じていた。皆も似たり寄ったりの感想を抱いてるだろう。
言語化は難しいが、ライノーは何かおかしいのだ。
例えるならば生き物の半端な擬態をみたようなーー

「悪くはねぇ」

「良いことだね。食事は大事だ。糧となった存在には感謝を忘れてはいけない。同志ナマエもそう思わないか?」

「食料を大切にすることには同意だな」

またよく分からんことを考えてるのだろう。話半分に聞いておいて適当な返事を返した俺にライノーは満足げに頷いた。

「血となり肉となった存在に感謝と敬意を忘れてはいけない」

噛み締めるような物言いのライノーと噛み合わない部分があったので、独り言だろうと判断した俺は粗雑な食事を続ける。
兵站を担う大泥棒サマのドッタがいればまだマシなのだが修理場送りになったことが悔やまれる。だが修理場送りの理由はどうせ自業自得なので同情の余地はない。
食事をしながら合同刑罰後にやたらとツヤツヤしたライノーの整った顔をみる。一般的に見て整ったと言われる部類だろう。目があり鼻があり口があり、何もおかしいとこなんてありはしないのに、何故か嫌な感じがする。それは生理的嫌悪に近い。
懲罰時の記憶がないのは厄介でコイツが俺の死後によからぬことをしたのではないかと嫌な予感が湧いてきた。

「お前、まさか俺の死体で遊んだりしてねぇだろうな?」

「そんなことをは絶対にしないよ。君の遺体を弄ぶものがいるなら僕は断じて許さない。本当に、それだけは許してはおけない」

「はあ、そうかよ」

ライノーの頑なで毅然とした態度なんて初めて見たもんで、少し呆気に取られながら深く突っ込むことは辞めておいた。

「同志ナマエ。僕は君に奉仕するよ」

「はいはい、お前は人類に奉仕大好きマンだからな」

ライノーは物好きで奇怪な男であったため俺は特にその発言を気にしなかったように思う。






ライノーの変化は気持ち悪いの一言に尽きたがそれによって問題が起きたことはなかったので放置した。
あれから幾度か合同で刑罰をこなして、たまに俺だけ死んで、その度にライノーはツヤツヤの顔で俺への好感のようなものを高める奇妙なサイクルが形成された。ホントにキモい。

「君は毎回覚えてないんだけど、いつも同じ結論にいたるんだ」

瀕死の俺にライノーが話しかける。
ライノーの好感度が上がる理由は今際の際に分かる。俺はこのやり取りを何度繰り返したのだろうか。
死体が毎回まともに回収できないため俺の蘇生には多大な時間がかかる上に死の前後の記憶はツギハギになっていた。
経験上また忘れるんだろう。そして覚えているライノーはますます俺への好感度を上げてくるのだと思う。

「死体がほとんど残らないからな」

「僕は君を崇拝しているんだ。なるべく残さないようにしているよ」

ライノーは俺が見抜いた己の正体の詳細を明かした。
魔王現象を殺す魔王現象『パック・プーカ』。同族殺しの化物。それがライノー・ モルチェトを被った魔王現象の正体である。

「お前のおぞましい正体に気づいちまう俺の体質が憎い」

「勘違いしないで欲しい。誓って僕は脅迫や君の意に反して殺害したり捕食したことはない。君は君の意思で僕に喰らえと命じた。何度もね」

「だろうな」

俺の聖印は特殊で“死に際”に作動するタイプだった。重症ではなく、間違いなく死ぬような負傷でなくては発動しないのが難点だった。
第六感だとか、虫の知らせとか、直感とか、そんな類の感覚がライノーが人間ではないことを告げていたのだ。
異形やら魔王現象であるならば、人間を喰らえば力が増す。
俺はタダで死ぬ気はない。ならば味方についている化物の糧になる方が幾分もマシである。あとはライノーが片付ける。俺は毎回そう結論づけているのだろうし今回も同じだ。

「僕にとって人間は皆平等だ。だが…だからこそ、君は僕の“特別”でなくてはいけない。そうでないと“不公平”だ」

そう言えば食への感謝をコイツが口にしてたことがあるような気がする。
そうだな。生き物の食料としての消費は死を表すが、俺は自我があり、捕食しても蘇生して生きていて、そしてそれを何度も繰り返している。
“特別”やら“不公平”とはよく言ったものである。言わないで置いてやるがお前は俺を“畏れて”もいるだろう。だから崇拝することにしたんじゃないのか。

「幾度となく死して僕の糧となり血となり肉となる。常人には到底出来ないことだ。我が身すら“利用”して死してなお魔王現象に立ち向かう君を僕は英雄だと思うよ。だから君に仕えたい」

「くっちゃべる暇があるなら“食事”に集中しろ」

「ではご命令をどうぞ、我が主人」

「俺を喰らえ、その力で魔王現象を殺せ、異形も殺せ。人間と人間に益のある存在以外を皆殺しにしろ。根絶やしだ」

「ご命令のままに」

俺の身体一つで化物が殺せるなら、化物が殺る気を出すのなら安いものだ。
だから俺はこの先何度でもライノーに自分を喰わせるのだろう。迫ってくる鋭利な歯を眺めながら自身への呆れたため息を一つ吐き出した。


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