ドブは衝撃を受けた。あのナマエが箸を使って食事をしているのだ。手掴みで食べろとかスプーンを使えとかそう言ったことを言うつもりはないのだが、ドブは複雑な表情でナマエへと話しかける。

「何その食べ方」

「はふ?」

椀の中の米粒は綺麗に集められて次々とナマエの口内に運ばれている。
2本の箸を上手に指に挟んでナマエは順調に食事を楽しんでいた。
周りに食べかすを散らかすこともなく、もしかしたらドブよりも綺麗に食事をしているかも知れない。
ドブの指摘はマナーが悪いとか、見苦しいとかそういった意味ではなかった。
ドブが解せないのは、以前の、それもほんの少し前までのナマエの食べ方が野蛮で汚かったのになぜ綺麗に食事を出来るようになっているのかという点だった。

ーードブは何も教えてないのに?

なんとなく胸がムカついた気がするがドブはそれを表に出したら負けだと思った。

「私だってやれば出来るんですよ」

「そりゃ知ってるよ。ナマエちゃんはやれば出来る子だって俺はちゃあんと分かってる。だから教えて欲しいな、その食べ方誰から教えて貰ったの?」

ドブは機嫌良さそうに頷きながらナマエに同意してやる。
そうすればナマエは嬉しそうに目を細めて笑う。単純で扱いやすいナマエは頭を使うことや隠し事だとか苦手な部類だ。
この状態なら聞き出すことは容易いだろう。ナマエがこうなった経緯の詳細を確認した暁には相手にお礼をしてやろうとドブは心に決めた。

「矢野くんが食事に誘ってくれたんですよ」

「……うん、良かったね」

「ドブさん?すごい顔してますよ。お腹痛いんですか?」

「大丈夫だから続けて」

ナマエの単純さは愛嬌であり諸刃の剣である。それはドブにとってのという意味で、ドブを追い落としてやろうとしている生意気な矢野がナマエに接触したのだろうことは想像に易い。
こういったことは何度かあった。ドブはナマエに大事な情報は握らせていないから大きな収穫もないだろうに御苦労なことだ。だがいい気はしなかった。
ナマエに何度注意してもドブの舎弟と聞けば警戒のかけらもなくほいほいとついていくから無駄だと諦めている。いい気はしないが。
こんこんとドブと矢野の因縁について説明してやっても大して理解出来ていない。つまり仲良しってことですねってなんだ。

「それで、関口くんもいたんですよ」

「矢野がいれば関口もいるだろうね」

「その関口くんが『矢野さんの前でなんだその汚い食い方は!』ってうるさかったんですよ」

「そうなんだ」

「それで色々教えてくれたんですよ。私は天才なので5時間でマスターしました」

以前のナマエの食べ方はまるっきりなってなかった。箸を持つことはなく握るように掴んで匙で料理を掻き込むような使い方をしていた。そんな無茶苦茶な食べ方をするので周囲に食べかすが散らばっていた。

一般的に見て汚い食べ方が、ドブには良かったのだ。ただしナマエがするから、である。

品のないナマエの食べ方が可愛いと思っていた。
一生懸命で教養のかけらも感じない、出された食具を辛うじて使ってるだけの、いかにも教育を受けられなかった野生児って感じのナマエが自分に懐いているのは気分がいいものだったのだ。

それをまんまと奪われた。所要時間5時間。関口の苦労が偲ばれる。1時間も頑張ったら大人しく諦めとけよとドブは内心で悪態をつく。
5時間もかけた関口はドブへの嫌がらせのためにやったわけではないだろう。
あの男は優秀ではあるが単純で、ドブに遠回しな嫌がらせをするタイプではない。もしそうなら矢野の指示によるものだろうが、関口が矢野のためと言うならその線は薄い。

「関口くんは後半泣きそうでしたね。私があまりにも上手に箸を使ってるので感動したんだと思います」

「へー、そうなんだ」

「ドブさんも感動しました?泣きそう?」

「感動はしたけど泣かないよ」

「そうですか」

綺麗な所作でまたナマエが食事を続ける。それが知らない女になったようでドブには面白くない。
だから、建前がちゃんと出来たら一度関口をボコってやろうと心に決めた。


back


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -