「弟が優しく言ってるうちに言うこと聞いとけばよかったんだよ」

「この○○野郎!」

「お前本当に口が悪いのな」

とある日、手土産片手にマンションを訪れたのは大門兄だった。
恐らくは詫びだとかドンマイといった気持ちを込められていたそれをナマエにくれた後に開き直るような発言をするものだから、ナマエは怒っていい。
荒々しく手土産をひったくり「テーブルの所に座ってろ」と告げると大門兄はくすくすと笑っていた。
本当に何だこいつ。許しがたい。

「俺は怒ってるんだぞ」

「言うほど怒ってないだろ」

ナマエの淹れてやったお茶を啜りながら大門兄はのほほんと言い放つ。
平然とした顔でナマエに会いに来やがった大門兄は警察官である。それも汚職警官だ。なんせ職務に私情を持ち込みすぎる。
被害者のナマエが言うのだから間違いない。絶対である。誰だコイツを警官にするのを許したのは。

「お前のせいで俺は大変なんだが?」

「危険運転を取り締まるのは警察官の義務だろ。仕方ないって」

「ぬかしおる」

大門兄は散々ナマエをつけ回して変な言いがかりで事あるごとに免許点数を減らしやがる迷惑な警官である。
最初は偶然だと思った。2度目は違和感を感じた。3度目に本気だと気づいた。
そろそろ免停も近くナマエはどうしたものかと参っていた所だ。
思い当たる節はある。2人の前でナマエがタクシードライバーになろうかなと宣ってからこうなった。
大門兄弟はタクシードライバーに並々ならぬ恨みを抱いてるらしい。
プンプン怒りながらヤダヤダしてくる大門弟なんて可愛いもので、大門兄は真面目にヤバいくて、普通に怖い。
大門兄は淡々と狡猾にナマエを追い詰めてきた。
国家権力をフル活用して窮地に立たされて仕舞えばナマエになす術はない。

「お前らなんでそんなに俺がタクシードライバーになるのを嫌がるんだよ」

「聞きたい?」

「お前の弟の事情でもありそうだから、弟に断りもなく聞けない」

「察しはついてるんだろ。俺らの境遇と、お堅く正義感に満ちた弟がああも固執する理由を合わせて考えれば」

「それでもだ」

ナマエが察しているのはあくまでそうなのではないか、の可能性であってただの憶測である。
大門兄は聞かせてもいいと思ってるらしいが弟がどうなのかナマエには分からない。
“勝手に他人の秘密を知っている”感覚が据わりが悪い。

「ナマエの真面目さは、ちょっと弟に似てると思ってるよ」

「俺はお前の所の弟ほど融通が効かないことはない」

「それは確かに。ナマエを弟と思ったことはない。失礼だろ」

「唐突なディス」

大門弟は潔癖というか、自分にも他人にも厳しくて融通が効かない面がある。真面目がすぎる。
ナマエはそこまで真面目ではない。不真面目でもないが。
大門兄は人をディスりながらお茶のおかわりを要求する図太いやつだった。
しかも急須の中のお茶は空である。大門兄が何杯も遠慮なく飲むからだ。ナマエの湯呑みも空になっていた。舌打ちしたナマエが湯を沸かすために立ち上がる。
空の湯呑み2つを盆に乗せてついでに手土産に持ってきた羊羹を開けてやろうと考えた。
すぐに帰ると思ったらなんだかんだ居座る気らしいから。
弟の分は包んで持って帰らせよう。えっ、なんで俺に貰ったものの3分の2持っていかれてんの?理不尽じゃない?というのは今更である。
大門弟だけ仲間外れにするのもなんか悪いじゃん。

「バスでもトラックでも飛行機でもヘリでもなんならスペースシャトルでも良い。好きな乗り物を運転しなよ」

「なんだよ、まだやんのか」

ナマエはタクシードライバーになりたいのであって、運転出来ればなんでも良いわけではない。
唐突に話を蒸し返してきた大門兄にナマエの眉間に皺が寄った。

「何でもいいけどタクシードライバーになるのだけはダメだ」

まだ言うか。しつこい。そう返してやりたかったのだが、大門兄の声は妙に硬かった。
拗れてんなぁとナマエは思う。本音を言わない癖に要求だけ通そうなんて甘いのだ。そうは問屋が卸さない。
だからナマエはそれを聞かなかったことにした。

「お前、お茶ぶっかけられないタイミング計ってた?」

「いや、偶然。でもナマエはそんなことしないだろ?」

言っておくがナマエがムカついて熱々のお茶をぶっかけてやりたいと思ったことは多々あれど実行に移したいと思ったことはない。火傷したらどうするんだ。
空っぽな湯呑みを意味ありげに見てニヤリと笑う食わせ者はいつか痛い目を見ればいいとナマエは思っていた。


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