阿修羅カブトは身震いして引っかかったコード類やら返り血を落とす。ここに来るまでがちょっと長かった。
阿修羅カブトは現在進化の家で最も強固なセキュリティで守られた堅牢な場所にいた。
そこにあるのはジーナスの自室でも重要書類やデータでもない。
鎮座するカプセル型の機械がその部屋の唯一物質で、阿修羅カブトはそのガラス面を覗き込んだ。目を閉じて収まっているのは1人の少女だった。
阿修羅カブトをそこそこ苦戦させた防衛システムといい(結果的には全て破壊し尽くしたが)ここにいる人物は相当な重要な存在とみた。
これほどまでにジーナスが後生大事にする存在であるから興味を持つなと言う方が無理な話だろう。
ニンマリと嫌らしい笑みを浮かべた阿修羅カブトは、太い指先で器用に解錠ボタンを押した。
ただの興味本位だ。少し待てば空気の抜ける音と共にカプセルの蓋が開く。阿修羅カブトの分析が正しければこの機械はコールドスリープ装置だ。
中にいた少女は目覚め、その時が再び動き出した。

「私が寝てる間にカブトムシが世界を支配したのか?」

少女は阿修羅カブトを見ると眠たげな目で寝言のようなことを言う。旧人類からして畏怖を抱くだろう阿修羅カブトの見た目に驚いた様子はない。
阿修羅カブトは己が人類を支配するくらいの武力と知恵を持ち合わせる自信はあるが些か発想が飛躍しすぎていないか。
なんだかこの少女は只者じゃない気がする。華奢で弱々しい存在に思いの外脅威を感じた阿修羅カブトの背中の羽根がモゾモゾする。一っ飛びで距離を置きたくなるタイプだ。でも不思議と目が離せない。
無言でいた阿修羅カブトに言葉が通じないと思ったのか、遺憾ながら“言葉を理解できる知能がない”と思ったのか少女は眉間に皺を寄せて再び口を開こうとした。その瞬間、自動扉がスライドしてジーナスが現れた。阿修羅カブトの勘が正しければ恐らくクローンではなくオリジナルだ。

「阿修羅カブト!ナマエに手を出すんじゃない!!」

そうか、この少女はナマエと言うのか。武器も持たずに勇ましいことだ。
ここにある機械の中にいたナマエを巻き込まない心がけなのか、阿修羅カブトにそんなものは意味がないという認識からか、どちらでもいいが。
白けた気分で舌打ちした阿修羅カブトの前でナマエはゆらりと起き上がり、カプセルから這い出た。
ナマエはふらふらと病床からようやく起き上がった人間のような動きでジーナスへと近づき胸ぐらを掴む。

「テメェ、ジーナス。ぬけぬけと私の前に面見せるたぁいい度胸だな」

この後に起こったことの詳細を阿修羅カブトは記憶から抹消した。
コールドスリープから目覚めたばかりの人間の動きじゃなかったし、知人であろうジーナスに対する仕打ちではなかったと、そのくらいの情報しか残ってない。










「ナマエって怖ぇ女だよな」

「そうか?普通の旧人類のように見えるぞ」

アーマードゴリラは阿修羅カブトの発言に驚かされた。傲岸不遜を絵に描いたような阿修羅カブトがこれほど怯えることなどかつてあったろうか。

「いいか、新人類の俺らよりナマエが非力なのは当たり前なんだよ。だがそれを補って余りある攻撃性の高さは壮絶としか言いようがない」

「そうだろうか」

アーマードゴリラは元々器用で、ジーナスが来賓だと言うナマエのことは殊更丁寧に扱ってきたのでその攻撃性とやらをお目にかかったことはない。
否、オリジナルのジーナスをボコボコにしている姿は度々目撃している。当のジーナスが誰にも助けを求めていないからあの2人のコミュニケーションはあんな感じなのだと認識していた。邪魔するのは悪いと思ったのでアーマードゴリラは触れないことにしている。かなり特殊だが当人たちの関係に口を挟むのは野暮だ。

「躊躇いなく旧知の相手をボコボコにするんだぞ」

博士の命令であるなら、アーマードゴリラが例え友人と呼べるような存在であろうと敵対することもあるだろう。
だが、自分の意志でわざわざ攻撃を加えたりはしない。

「まあ、だがーー」

アーマードゴリラの発言話遮るように当たりに絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
アーマードゴリラと阿修羅カブトは臨戦態勢を取ることもなくただ視線を向ける。
この施設で聞こえる悲鳴なんて最近はもっぱらジーナスのものしかない。しかも相手はナマエである。
ナマエはバールのようなものを振り上げて今にも推定オリジナルのジーナスの頭を叩き割ろうとしている。命乞いのような仕草はお馴染みのものだった。阿修羅カブトにとっては愉快な構図だ。

「ナマエ、落ち着け!そんなことをしてもどうにもならないだろう!?」

「壊れた機械は叩いて直すらしいじゃん」

「精密機械にそんなことをしたら間違いなく壊れる。頭蓋骨は破壊して脳が損傷したら取り返しがつかないが!?」

ナマエはこんな感じの野蛮でちょっと頭が足りない少女だった。
抜群の知能を誇る阿修羅カブトにすら行動の予想がつかないことと躊躇のなさがすごく怖い。ホントにヤバいやつなのだ。

「あ、カブトとゴリラじゃん。2人ともお散歩?」

「みたいなもんだ」

「取り込み中だ。我々のことは放っておけ」

ナマエに答えた阿修羅カブトをジロリと睨んだジーナスは冷たく言い放つ。
危機的状況にも関わらず独占欲は一人前だった。
ジーナスはナマエを新人類へと押し上げるための研究に余念がないが、ナマエの方は興味がなさそうだった。それはそれとしてナマエはこうしてたまに騒ぎを起こす程度には問題児で、ジーナスも手を焼いている。

「ジーナスってみんなに冷たいよね」

ナマエは呆れたように呟いた。
今までのナマエの行動は不死身シリーズの実験体サンプル66号を勝手に連れ回したり、阿修羅カブトにジャムの蓋を開けさせたり、アーマードゴリラにたこ焼きを作らせたり、自由だった。
それは知能の低さがなせる技なのか、豪胆さや寛容さがなせる技なのか、あるいは両方だった。

「仲良しごっこをする場ではないのだ。当然だろう」

「ジーナス、お前はホントに馬鹿だなァ」

長い舌を出して阿修羅カブトはジーナスを挑発する。
横でアーマードゴリラがジーナスへの無礼について肘で小突いてきたが痛くも痒くもない。
そんなに気になるなら閉じ込めておけばいいものを“ナマエの意思に反して”何かをすることをジーナスはひどく嫌っていた。だからこそ意識を奪ってコールドスリープで来たるべき時まで数十年に渡り拘束していたわけだ。
だが、阿修羅カブトにナマエに力づくで強引にあれこれ出来るかと言えば確かに疑問は残る。
自由に振る舞うナマエが一番面白いのだ。

「カブトの顔が不細工になってるよ」

「お前はもうちょっと遠慮ってもんを知らねぇのか。ま、旧人類に俺の良さが分かるわけないけどな」

阿修羅カブトはナマエからの挑発顔への指摘に鼻で笑う仕草をした。
阿修羅カブトは完璧な存在であることへの自負があるため腹も立たない。

「人間の美醜を語るのはどうかと思うけど、ジーナスとか多分イケメンの部類だよ。66号はもっとイケメン」

「俺は?」

「刺さる人にはとてつもなく刺さる顔」

なるほど、旧人類的にはそうなのか。別に気にしてないけど。
それにしても赤い顔で転がってるジーナスをなんとかしてくれないだろうか。ジーナスの顔が旧人類的に良かろうが悪かろうが阿修羅カブトにとってどうでもいい。

「ナマエ、私はイケメンなのか」

「イケメンだね」

絞り出すようなジーナスの声にナマエは何も考えてない顔で肯定した。
好きとか嫌いとかそんな話は何もしてない。
“旧人類を見下してやまない科学者”はそれでもますます顔を赤くして耳まで染めていた。


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