両手で顔を覆い膝をついた男は、からくりエリア「完璧な楽園(アルファパラノイア)」のエリアボスである。部下からはボスと呼ばれ、同胞からはm.o.t.h.e.rと呼ばれている。
楽園とされるエリアで、その場所の主人は、楽園とは程遠い環境にいた。
m.o.t.h.e.rの前に佇む少女は、m.o.t.h.e.rの娘のような存在であった。
彼女はm.o.t.h.e.rに作られた魔族であるが、正式名称、型番などはなく、ナマエと名付けられている。

「m.o.t.h.e.rは創造主であって、親とは違いますよ」

ナマエは至極明快な解をm.o.t.h.e.rへと諭すように告げた。
ビクリと大袈裟に肩を振るわせたm.o.t.h.e.rが、ちょっぴり潤んだ目を指の隙間からナマエへと向ける。

「俺がお前を作ったから、親と呼んでも差し支えないのではないか?」

「多くの生物は、創造者と保育者を兼任しますから“親”と呼称するのは正しいと思います」

ナマエの反応は反抗と呼ぶにはあまりにも冷めていた。m.o.t.h.e.rはそんな土俵にすら立てないのだ。
淡々と事実を告げるナマエの顔には喜びも怒りもない。

「ですが、m.o.t.h.e.rは私を保育していません。私の保育者はギアボルト博士であり、私は彼を親、あるいは親のようなものと認識しております」

「………そうか」

「そして、m.o.t.h.e.rは私の創造主です。創造主として敬愛しております」

「ああ」

全くもって正しい。正論だ。ぐうの音も出ない。
ナマエの常識や倫理観を正しく育てたギアボルトも正しい。あの部下は本当に優秀だ。
ナマエはこの上なく良い子だ。こんなm.o.t.h.e.rを創造主として慕っていてくれる。
ナマエの素直さとギアボルトの教育の賜物。それだけでもありがたいことだった。

「m.o.t.h.e.r、気がかりがあるようですね。もしかして私は間違ってますか?」

「いいや、お前は何も間違ってない。何一つ。自信を持て」

間違ってるとしたらそれはm.o.t.h.e.r自身だ。あらゆる雑言罵倒で罵ってやりたいくらいに愚かで不器用なのは自分だった。
己を慕う生き物として作った訳ではないのだ。作る以上、最高のものは用意したがそれからのことはナマエの自由意志だった。
健やかに育ち、幸福に生きてくれればそれで良いではないか。
ナマエが娘としてm.o.t.h.e.rを慕ってくれなくとも、m.o.t.h.e.rがナマエを大事に思う気持ちに変わりはない。

「困ったことがあったら俺に言え。それも俺の責任…務めだ」

多くの生物を作ってきた“創造主”としてではなく、“親”としての義務感だが、口にするのは憚られた。

「私はm.o.t.h.e.rに大切にされているという認識で正しいですか」

「そうだな」

「それはとても幸福なことですね」

「俺の発明は全て完璧だが、中でもお前は“特別”だからな」

目を細めて笑うナマエの頭を無性に撫でてやりたい。監視映像でナマエの頭を撫でてやっているギアボルトをよく見ていたがこんな気分だったんだろうか。
手のひらに軽く爪を立てて耐えていると、m.o.t.h.e.rの意思に反して耐えきれなかったモノが動き出した。
動いたのは何度切除してやってもm.o.t.h.e.rの臀部から生えてくる忌々しい蛇だ。m.o.t.h.e.rの意思とは裏腹にその蛇はナマエの手首へと巻きついた。m.o.t.h.e.rはスリスリとナマエの顔に頬擦りする蛇を研究室に戻ったら切除してやろうと決めた。

「すまないな、ナマエ」

勝手な自律行動をする蛇と違い手は自由に動くのだ。ぎゅうぅぅぅっと力強く引き絞るように握りしめた蛇を伸ばしていると鈴の鳴るような音でナマエが笑った。
可愛い。力の抜けたm.o.t.h.e.rの手から隙を見て蛇が逃げ出した。

「私はこの蛇さん好きです。ひんやりして気持ちいいです」

ちょこんとナマエの手が蛇を撫でる。チロリとナマエの指先を舐める蛇の憎らしさったらなかった。


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