モズには必ず娶ると決めていた女が一人いた。
結婚を申し込み二つ返事で了承したノリの軽さは些か懸念の材料となっているがなんとでもなる。
言質を取ったのだから今更拒否を聞くつもりは毛頭ない。
己より強い男などいないのだから誰にも文句は言わせない。そもそもモズの気に入りとなれば誰も手出しなどしないのだがなんせナマエは美しい。
とっとと結婚して名実ともにモズのものにしたいのにそうはいかない事情があった。
最大の障害は他でもない、ナマエである。意味が分からない。結婚に了承をして、モズの野望であるハーレムにも理解がある。なのに何故こんなややこしいことになったのか。
「ナマエは俺との結婚に了承してくれたよね?」
「ええ、もちろん。私はモズを愛してるわ…貴方の方はどうか知らないけど」
「そんなことないさ。俺と君は同じ気持ちだ。周囲も祝福してくれる。なのに何故か結婚できない」
「そうね。今は無理よ」
ナマエのふっくらした唇がお上品に動く。吸い寄せられるように近づいたモズはナマエの晴れやかな否定の言葉に眉を寄せた。
「本当は俺のハーレムが気に食わないのかな?」
「そんなことはないわ。やんちゃな貴方を一人で相手するなんてとてもとても大変。お世話だって分担したいから大賛成よ」
「……俺はそこまで君に手間をかけてたかな?」
「あら、無自覚なのね。可愛いわ、モズ」
そこは否定して欲しかった。うっそりと笑うナマエは必要最低限しか語らない。
だから、多分事実だった。ちょっぴり不安になったモズは頬を引きつらせた。ナマエの領分は戦士であるモズとは別の所にある。賢しいナマエと舌戦になればモズは絶対に勝てない。
渋顔のモズにナマエはポンポンと自分の膝を叩いた。まろやかな肌にすり寄るようにしてモズは頭を預ける。
なんだかナマエのペースだがいつものことなので気にしないことにした。
「ハーレムは大変よ。貴方の愛を奪い合う女性たちでドロドロした殺し合いがあるかもしれない。それは嫌でしょう?」
ナマエは美しい顔に憂いを滲ませた。ナマエが言うならそうなのだろう。
モズは美女が好きだ。美女はみんな欲しい。美女を集めて、その先のことをあまり考えてなかったがナマエが言うなら少しは考えないといけない。
好みでさえあれば血の気の多い子だってモズにとって望むところだが、美女同士の壮絶な修羅場が発生するのは流石にごめん被る。
思案顔で肯首したモズにナマエは微笑んだ。
「ええ、だからまずは正妻を決めて欲しいの」
「俺はナマエに正妻として結婚を申し込んだんだけど??」
「結婚の順番は大事よ。1番初めは正妻。私と早く結婚したいからってそこを蔑ろにしてはいけないと思うの」
そう、ここから話がこんがらがっているのだ。ナマエが自分を側室だと思いこんでいるからおかしなことになる。
謙虚で礼儀正しく弁えている理想の美しい女であるナマエの唯一の欠点である。
この話をするたびにモズはなんだか切なくなってくる。両想いでお互い結婚にも前向きなのに何故モズだけがこんな思いをしないといけないのだろうか。
「何度も言ってるんだけれど正妻を差し置いて私が先にモズと結婚することはいけないことなの。貴方は特別だけれど、特別だからってなんでも許されるわけじゃないわ」
手持ち無沙汰に胸の上に置かれたモズの手をナマエの小さな手が握り込み、子供を諭すような口調で話し始める。
大抵のモズの我が儘を寛容に聞いていたナマエだが、モズと最初に結婚することに関しては流石に渋い顔で頷かなかった。
偏に自分が正妻だと認めていないから。
びっくりするほど頑なである。ナマエは非常に頑固だった。断固として自分を正妻として認めない。異常な意志力である。
「俺はナマエと早く結婚したいから正妻にしたいわけじゃないんだよ?」
「ええ、ありがとう。ちょっとは妬けちゃうけどモズの決めた人に文句なんてつけないわ」
「俺の話をちゃんと聞いて??」
君とだけ結婚したいなどと思ってもないことを口が裂けても言う気はない。柄じゃないとかではなくモズの生き方の問題である。
ここで嘘をついたってナマエは簡単に見抜くだろう。
だが、ナマエが絶対に必要なのは本当なのだ。ナマエの手を痛くない程度に力強く握ったモズはもう何度目か分からない言葉を口にする。
「ナマエ、結婚しよう」
「結婚はするって言ってるじゃない。正妻の後に」
いくらいっても全く伝わらない思い。
ナマエは本当はモズのことなど、どうでも良いと思っているのではなかろうかとすら感じる。
モズがハーレムを望むのは事実である。そのハーレムに″ナマエが参加″していることは最低条件で絶対条件である。ナマエ抜きのハーレムはなんの価値もない。
「だからナマエが最初でいいんだよ」
「モズ、全員正妻って主張は出来ないのよ」
いや、そういう揚げ足取りの話ではない。拗ねたモズの頬をナマエがつんつんとついてくる。
面倒になったモズが不貞寝を始めるのもいつものことだった。
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