島の宰相たる立場のイバラは多方面から狙われていた。
のし上がるためにあらゆる手段を講じてきたのでその過程で買った恨みも多い。それを今の今まで予測して捻じ伏せ返り討ちにしてきたからこそ今のイバラの地位と権力がある。
あらゆる方面で警戒を怠らないイバラには勿論毒見役を用意していた。
物憂げな顔をして心配を溢せばホイホイと役に立とうとする奇特で都合の良い娘が一人いたのだ。
抜擢されたのは一人の少女、ナマエだった。毒見役なのだが物怖じせずモグモグとかっ喰らいイバラの度肝を抜いたのは記憶に新しい。
勢い余って全部食べちゃったので新しい料理を用意する羽目になったのも衝撃的だった。可愛い顔して侮れない。なかなかいないタイプである。

「ナマエちゃん〜、今日も大丈夫だった?」

「はい、今日も大変美味しかったです」

元気に毒見中なナマエにイバラは軽い口調で声をかけた。大丈夫でなければ死んでいるだけである。
モグモグと口を動かして料理を嚥下したナマエはハキハキと答えた。
まず答えが違うと思う。イバラは毒の有無を聞いたのであって品質を問うたのではない。
美味い不味いなら当然前者がいいが毒入りの可能性があるものを口にするくらいなら少し不味いくらいは目を瞑る。
口元をムズムズと動かしたイバラは思う所をグッと飲み込む。
もうなんか…もはや諦めの境地で怒りは湧かない。可愛い子がちょっとお馬鹿さんなくらいでおじちゃんは怒らない。実害も大してないなら可愛いからこのくらいなら許容範囲で許しちゃう。

「半分食べた私が平気なのでイバラ様が残り半分を食べても平気だと思います!」

「ああ…うん、そうだね」

本来なら出された料理を一口ずつ口にすればいいのにナマエなりに毒の分量も考えたのだと思う。一口分で効果が微妙な毒も量が増えれば危険なことも確かにあり得る。
それにしても、これは半分食べたと言えるのだろうか。七割ぐらい平らげたナマエは褒めて褒めてと言わんばかりに目を輝かせてイバラを見上げる。
イバラはナマエの口端についた魚の屑を取ってやり、もう少し綺麗に食べてくれればいいのになと胸中でゴチる。
ちゃんと毒見役をこなしてはいるがナマエは食欲にも正直であった。ナマエはお腹を撫でさすりながら満足そうに息を吐く。確かにコレだけ食べれば満足だろう。

「最近量が増えて食べるのが少し大変です」

「そうだろうね。ごめんね、おじちゃんが食いしん坊で」

とんでもないことを言い出す小娘にイバラは寛大な心で許し、その上謝罪まで口にした。
実のところイバラには全く非はない。ナマエが毒見で料理をかなり消費する事に気づいた配膳役が気を利かせてくれた結果である。
ナマエに注意することを諦めるあたりお察しである。イバラがそれを咎めないのなら周囲からは何も言えることはない。そんな暗黙の了解があった。
イバラが長い指先で頭をわしずかむようにしてもナマエは怯えの一つも見せない。そのままナマエの形の良い頭に沿って手を動かし撫でてやる。こうするとナマエはとても喜ぶのだ。金品など要求したりしない可愛らしい娘である。

「ナマエちゃんはとても頑張ってくれてるよ。おじちゃんが安心してご飯を食べれるのはナマエちゃんのお陰だ」

「わーい、嬉しいです。ナマエはイバラ様のお役に立ててますか?」

「うんうん、おじちゃんとても助かってるよ」

安心は手に入るが実のところナマエの利用価値は低い。毒見役などいくらでも代わりを立てられる。
ナマエでなくてはならない理由は何処にもない。可愛いナマエが一生懸命役に立ちたいと言うから心優しいイバラが役割を与えてやってるのだ。そうすればお馬鹿なナマエは他に目移りなんてしない。
イバラのための、イバラのためだけの、可愛い毒見役である。

「おじちゃんはナマエちゃんが大好きだよ」

「ナマエもイバラ様のこと大好きですよ」

にこりと笑ってみせるとナマエも微笑む。
ナマエは何も知らない。
馬鹿で可愛い。馬鹿だからこそ可愛い。策謀など知らず、思いもつかず、無垢で憐れな娘である。
警戒の必要もなく、何の価値もない代わりに損もさせない娘だ。
ナマエが毒見をしていると思い込んでいる料理は既に毒見は済んでいるものしかない。代わりなんぞいくらでもいるのに毒かもしれないものをイバラがわざわざナマエに食べさせるものか。実際何人か毒で死んだ。死ぬのがナマエでなければイバラにとって些細な問題である。
とっくに毒味が済んでいて無害なものを″毒かもしれない″と思いながらイバラのために毒見するナマエがイバラは好きだった。利用価値は関係なく、好き、なのだ。


back


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -