昼まで寝こけていることが多々あるほどに寝汚い志久万であるがそうでない時がある。ナマエが来ると大抵はナマエを見守れる範囲にいる。
大きな体でまるで守るかのように側にいて、気づくなと言う方が難しい。

「志久万さんはあの子だけは大切なんだなぁ」

捻くれ者で凶暴なはずの男がわざわざ背を屈めて話しかけるのはナマエに対してだけだ。時には機嫌を取ろうと好物すら捧げるのだからその入れ込みようは凄まじい。

「姪を大事にするのはおかしいか」

「いいやぁ、べっつにそうは言っとらんでしょう?」

うざったそうな志久万の低い声に道乃家は内心慌ててとりなした。ナマエの話題に触れられるのを志久万は好まない。
だが言わずにいられなかったのは姪を可愛がる叔父と言えば普通の事だが、それを志久万が行なっているのが違和感しかないからだった。
道乃家と出会った頃の志久万は可哀想な境遇でも自業自得と思われても仕方がないほど手のつけようのない屑っぷりだった。事あるごとに脅しつけられ恐怖のどん底に叩き落とされた道乃家は正常な思考でいられなかった。
当時は恐怖しかなかったが今になって思えばこの男は脅しつけはしても実際に殺人に至るまで手を出す気は無かったのではなかろうかと思う程度には冷静に考えることが出来る。
だからほんの少し怖くとも気安く声をかけることが出来ていた。

「道乃家さん、悪いな。実は嘘をついた。俺はナマエが姪だから可愛いんじゃない」

ふぅと一息吐いて志久万はため息を吐き出して、寝起きを思わせるゆったりとした動作で道乃家に向き直った。
ひゅっと道乃家が息を飲んだのは爪や牙を恐れたからではない。

「一つ聞いてもいいか?道乃家さんにはそいつの為なら命を賭けてもいいと思うような存在がいないのか?」

鋭い目が見定めるように道乃家を射抜いた。あの時兎の園長の見せた思わず気圧されそうになる気迫と同じものを志久万が纏う。
静かに佇むだけなのに喚き散らして脅しかけられるよりも余程”おっかない”。

「俺にとってはサーカスの仲間かな」

「俺が言ってるのは”仲間”だからじゃなくて”個人的”に大切な存在の事だ。俺の言いたい意味分かってくれるよな、団長さん」

からかうような口調にほんの少し息がしやすくなった。
道乃家には理解し難いことだが、この男は、仲間だからと他人を大切にしたり守ったりしない。
それは本当に仲間と思っているのかはさて置いて、仲間でなくとも姪でなくともナマエ個人を大切にしていると言いたいのだろう。
サーカスが全てな団長としての立場を抜きにして道乃家が大切にするものはなんだろうか。考えてみても靄のかかったような朧げなものしか浮かんでこなかった。

「別に俺だって愛を否定してるわけじゃない。こんな俺にだってそんなものが小指の先くらいはあるとは思う。ただそれじゃあ”博愛”には程遠い」

諦めたように自嘲するこの男は呪いを解く手段を最初から本来の意味で分かっていたのではなかろうかと道乃家は思う。
しかし、志久万の言う小指の先の愛を捧げる相手はただ一人で、動物たちに捧げる余剰分はない。
志久万は呪われた姿でナマエに再会することを厭って苛立っていたようだ。
本来ならだらしなく、怠けていたいだけの志久万が真面目に呪いを解くために奔走していた理由にしては立派だ。
方法は最悪だったけれど、道乃家は志久万をほんの少しだけ見直した。
当のナマエは姿形なんぞどうでも良さそうにしているので杞憂だったろう。
だが、それでも、じゃあもういいですねと言ってやるわけにはいかなかった。道乃家は団長で志久万は”仲間”なのだ。

「アンタ、このままナマエちゃんを可愛がってるだけじゃ呪いは解けないってわかってるんだろ」

あの子は呪われたままでも構わないと笑うだろうけど、そのままで良いはずはないと道乃家は思うのだ。
出来るなら共に呪いを解いていきたい。
志久万が受け入れるか受け入れないかは関係ない。道乃家がそうしたいだけなのだ。

「道乃家さんはお人好しだな」

そうだ。団長たるものお人好しだしお節介でなければならない。


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