この荘園におけるゲームは何も全戦全勝を義務付けられた訳ではない。
そうは言ってもナマエは目的を持って臨んで真剣にゲームに赴いている。
だが、追い追われ常に変わらない展開に飽きることもあるだろう。
ハンターの息抜きなのか時折、妙な嗜好を凝らされたゲーム展開が起こることがある。
その中の一つとしてハンターたちが気まぐれに起こす″やさ鬼行為″と呼ばれるものがあった。
最初からサバイバーを追いかけ回す気がない者や特定のサバイバーだけは吊らなかったり、最後の1人になるとハッチで逃す者など、内容は様々だが共通するのはサバイバーに有利な行為を行う点だ。
狩る側の気まぐれを嫌悪する者もいれば、歓迎する者もいる。某殺人鬼の横抱きやら、芸者の抱擁などを受けて喜ぶサバイバーもいるのだ。
ナマエはと言えば意図が読めないので苦手だった。以前は歓迎していたり、ホッとしていたりしていた。
苦手になった原因はとあるハンターだった。





現実逃避兼回想を終えたナマエは息を切らせながら必死に走っていた。
追いかけてくるハンターが時折くるくると回っているのには気づいていた。よくあるやさ鬼行為のアピールだ。だがナマエは逃げる。全力で、必死に。
アレは詐欺だ。詐欺なのだ。やさ鬼に見せかけてナマエを油断させているのだ。
気を抜いたが最後、地獄がナマエを待っている。気を抜かなくたって地獄だが覚悟の違いの問題だ。リラックスしてる所に奇襲を受けるのと身構えてる時に受けるのでは違う。

「あ、ナマエ。頑張ってな」

「お前あとで覚えてろよおぉぉーー!」

とあるハンターとナマエの組み合わせではやさ鬼行為(ナマエは断じて認めない)が恒例になっている。
暗号機を黙々と解読していたエリスがナマエに気づき朗らかに笑いサムズアップしていた。
中指を立ててエリスを威嚇したナマエは走り続ける。
ハンターに当たらないように前もって倒した板を前に睨み合う。当たらないように配慮したのはハンターの見た目が少女みたいなのと変に刺激するのは怖いからだ。

「頼むから諦めてくれよ」

ハンターが迂回して寄ってこようとするのを板を乗り越えて避ける。
タイミングによってはリスキーだか致し方ない。
ナマエは追い詰められていた。
ここまで一度としてハンターは武器を振るっていない。
しかし、無言で追いかけてくるので怖い。
そうこうしている内にバキッと音を立ててナマエが倒した板が破壊される。

「ひぃっ」

もう情けないとかそんな事を考える余裕はない。後退りした拍子に石につまづいたナマエは尻餅をついたまま、ずり下がる。
ナマエの前に立ったハンターはまたもやくるりと一回転した。そしてナマエを伺うように見てくる。
バクバクと嫌な音を立てて鳴っている心臓を抑えたナマエが立ち上がるとハンターはすたすたと歩き出した。ナマエとある程度の距離が離れると振り返りじっと見てくる。

「ついて来いって言ってるんですね分かります」

あんまり拒否していると強制ダウンコースだ。ハンターを撒くことが出来ない以上、ナマエに出来るのは大人しく従うことだった。
だって皆、ガンバ☆と言うだけで誰も助けてくれないのだ。薄情だった。
尻についた土を払い渋々ハンターに追従するとナマエの足元にペタリとスタンプが貼られた。
少女のハンターが現れるとき、その近くには見えない″何か″がいるのだ。
ナマエには視認する術がなく、あちらが直接的に何かをしてくる事はない。こうやってスタンプが貼られることによってようやくその存在に気づくことができるのだ。
試しにペタリと自分もスタンプを貼ってみるとペタペタと返事のようにスタンプが返された。

「ふふ、スタンプだけでやり取りって不思議な気分だ」

会話もなく姿すら見えない相手にスタンプだけでやり取りを行うのはシュールな光景だ。
だが少なくとも相手がここにいる事だけは分かる。
見えない相手に不気味さと恐怖を感じているのにこうやって理解できる事をやられるとナマエはほんのちょっぴり絆されてしまう。
そうやってしばらくスタンプ合戦を行なっていたが近寄ってきたハンターにナマエは手を止める。

「はいはい、行きますよ」

本日のゲームは湖景村で行われている。どうやらハンターはマップの東にある海を目指しているようだった。
暗号機は着々と通電している。

「相変わらず不気味な海だ」

海についたはいいがこれからどうするつもりだろうか。
靴を脱いで何となく海水に足を浸してみる。

「こうしてると何か出てきそうだよな」

寄せては返す波を感じつつナマエは呟いた。
海は何処までも広がるように見えるがゲーム参加者にとっては果てがある。何故か先に進めなくなるのだ。
不意にナマエは水面に黒い影が見えた気がした。水中から突き出すようにしてゆらゆらとしているそれを見ているとざわりと空気が揺らぐ。
見たくないのに、見てはいけないと思うのに、目が逸らせない。息を詰めて目を見開いたままナマエは棒立ちになっているが内心パニックで一杯だ。
悲鳴の一つもあげられず頭痛すら覚えてきた時、脳天を突き抜けるような衝撃が走った。物理的に。

「あがっ!?」

驚いて見ればハンターが得物を構えていた。多分それで殴られたのだろう。
ナマエは海中から引きずられて砂浜に辿り着いた。たらりと顎まで垂れてきた生温い液体にを拭ったナマエは恨んでいいやら感謝すればいいやら分からなかった。
助けてくれたのかはともかくとして、ナマエは助かった。気づけば影は妙な空気ごと消えている。
アレは何だったのだろう。考えると米神あたりが痛んだ気がしてナマエはそれを隅に追いやることにした。

「アンタの意図はわからんが助かったことは感謝する」

礼を述べるとペタリと足元にスタンプが貼られる。ナマエの感謝は伝わったらしい。ナマエはそう考える事にした。

「台無しになっちまったな」

ハンターはナマエと一緒に何かしたかったのだろうとナマエは推測する。
そこに予期せぬトラブルが起こったろうからナマエは慰めるようにそう言った。

「何をするつもりだ?」

ハンターからそっと頬に手を添えられた。子供にするように腰を曲げて顔を差し出したナマエは内心で首を傾げたが今度は物理的に曲げることとなった。
頬から動いてナマエの顎を掴んだ手が容赦なく首を捻ってきたのだ。
曲げる方向とか、角度とか、人体の構造に御構い無しに加減なく思うままの方向を向かせようとしてくるのだ。痛いに決まっている。
堪らずナマエは苦悶の表情を浮かべてハンターの腕を掴んだ。
その細腕のどこにそんな力があるのか、人並外れた怪力は成人男性のナマエにすら振り解けなかった。

「痛い痛い痛いって!分かったよ。分かったから」

もうヤダ、と涙目になりつつ曲げた腰を伸ばしてナマエは降参する。油断するといつもこんな感じである。
皆平和に暗号機の解読をしているのに追いかけられたり殴られたり、やさ鬼を装いつつ散々な目にあうのはナマエばかりだった。
訳の分からないまま振り回されて気づいたら嵐のように過ぎ去っている。
ハンターの虚な目をジト目で見返しながらナマエは己の不運を呪う。

「何、今度は目を閉じろって?」

従わないと今度は目潰しされそうだ。顎を傾けて上向き気味にナマエは目を閉じた。

「もういいか」

しばらくじっと動かずに瞳を閉じているとハンターが動き出す音がした。ゲートも開いているようで仲間からチャットが飛んでくる。
ナマエはゲートに向かうハンターを追いながら話しかけていたが先程ペタリと足元にスタンプが貼られたっきり″何か″はうんともすんとも言わなくなっていた。


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