欲望の塊で腹に一物二物も抱えるサバイバーたちの中でも同じゲームを繰り返せば流石に連帯感が生まれる。
しのごのいってられないのだ。バケモノ共に追いかけ回されて、ゲームをクリアしなければならない。
表面上だろうと、ゲーム中限定だろうと、そんなことはどうでもいい。とにかく、ゲームをクリアすることが目的だ。
今までやってきた事や目的を隠す者が多いがナマエは声を大にして主張できる。嘘なんかつく必要はない。

「買いたい女がいた」

酒を飲むたびに繰り返し普段つけている仮面を外して下衆な顔で笑って見せれば大抵の人間が嫌悪感を示す。仮に顔に出さなくたってまともな奴は嫌な気持ちになってるんじゃなかろうか。
それにナマエは安堵する。自分は間違っちゃいない。
それでいい。それがいい。ナマエは最低な男だから、そうされるべき存在なのだ。

ーー俺は君を金で買おうとしたのだから、金で君を売り飛ばすあのクソ下衆野郎とかわりゃしない。







本日のゲームは軍需工場で行われた。生い茂る木々や草むら、壁だけ残された建物の残骸のような遮蔽物がある。
早速ナマエは手頃な暗号機に着手した。

「今日は蜘蛛か」

木々の間に張り巡らされた糸を時折見かけて今日のハンターは分かった。身体に絡みついた糸は自由を奪い動きを遅らせる上にハンターに居場所を知らせる厄介なものだ。
皆が結魂者と呼ぶハンターは糸を繰ることや複数の義肢で移動するのでナマエは蜘蛛と呼んでいた。
その方が分かりやすい。

「ファーストチェイスは俺かよ!?」

黒いモヤのようなものが地面に浮かび上がり、独特な音が辺りに響く。ハンターの持つ特質ーー瞬間移動の前触れだ。
慌てて手を離した拍子にナマエが暗号機の解読に失敗して火花が散る。途中まで回した証明としてスタンプを貼りナマエは一目散に逃げ出した。







「今日は調子が悪かったのかな。糸の攻撃のキレが悪かった気がするね」

最終的には吊られたがナマエの言葉は決して挑発や負け惜しみではない。
ナマエは吊られる時に必ず結魂者とのチェイスに評価をつける。ここがすごかった。あそこはもう少し上手くやれたのではないか。
ハンターにアドバイスなんて狂気の沙汰だが観客に見てもらえないショーほど虚しいものはないだろうとナマエは思う。
それにナマエが観ているのだと分かっていてもらいたい。それだけの自己満足だ。
ナマエを風船に括ったままカタカタと音を立てて義肢を動かしていた結魂者は椅子の前で立ち止まった。

「不思議ね」

鈴のなるような声が不意に響く。
おどろおどろしい見てくれの中から聞こえる可愛らしい声がナマエは好きだ。
そこに彼女がいるのだと分かるから。

「何故貴方は私の義肢やボビンの調子が分かるのかしら」

「ただの勘さ」

「まるでいつも観てきたような感じだわ」

「そうだろうか」

ナマエは戯けてみせた。結魂者の感想は間違ってはいない。
ナマエは昔、とある少女の世話をしていた。その少女の名はヴィオレッタ。憎らしい雇い主がヴィオレッタを売り飛ばすまでナマエは彼女の世話係だった。
結魂者の使用する義肢とボビンはナマエには馴染みのあるものだった。その時は試作段階だったが細心の注意を払い修理や手入れもしていた。だから分かる。
それが意味することもナマエは分かっている。

「貴方に誤魔化しても無意味だと思うから言うけれど、実は今朝から調子が悪くて」

「それは大変だ。このゲームが終わったらメンテナンスをして貰うべきだ」

「ええ、そうね。観客を魅せるショーは常に最高のコンディションで行うべきだわ」

結魂者はナマエの言葉に同意した。
ショーの内容はともかく結魂者プロ意識は本物で、その熱意も相当なものだ。
ナマエの心配はゲームのコンディションの事だけではないのだが結果オーライなのでうなづいておいた。

「素敵なショーを観せられなかったお詫びに今回のゲームは貴方たちに譲るわ」

「そりゃあ、ありがいけど」

ナマエは無抵抗のまま風船に吊られた状態で頭を掻いた。
ファーストチェイスがナマエなため他のサバイバーは無傷だ。
幸い探鉱者やらオフェンスなどハンターに危害を加えそうな面子は今回いないのでハンターを下手に刺激をする事もないだろう。
結魂者は何処ぞの似非紳士のように気紛れを起こして口約を反故にするような性格でもない。
そんなことを考えているとナマエは突然浮遊感に襲われた。

「ヘブッ」

準備もなく風船から落とされてナマエは唸った。結魂者はナマエを4回落として復帰させてくれようとしていたのだろう。
受け身も取れないナマエに驚いたようで作業を中断して心配そうにナマエを覗き込んだ。

「あら、ごめんなさい。大丈夫かしら?」

「大丈夫だ。続けてくれ」

出来れば前もって言って欲しかった。そうすればナマエも受け身を取れた。
だが、やさ鬼相手にそこまで要求する気になれずにナマエは続きを促した。
今度はちゃんと受け身を取り、風船から下ろされる事が二度三度と続き、ついにナマエは立ち上がった。

「そろそろ通電するかしら」

「ああ、そうだね」

なかなか長いやりとりをしていたせいか4つ目の暗号機が通電した。ゲートが解錠可能になるのもあと少しだろう。
残された時間で結魂者はナマエについていくことにしたようだ。ついてくるのをナマエは好きにさせていた。
危険はないと分かっていてもハンターを伴うのは妙な気分だった。
ゲートに向かっている間に最後の暗号機が通電する。のんびり歩きながらたどり着いたゲートはまだ開いていなかった。
ハンターに気づいて反対側に皆向かったのかもしれない。

「ねぇ、私…貴方を知っている気がするわ」

結魂者の呟きにポチポチとボタンを押しながらゲートを開けようとしていたナマエの指が一瞬止まった。
それを悟らせないために何事もなかったかのようにゲートの解除を続けた。

「君にはファンが多いからね」

「そうじゃなくてもっと別の意味よ」

結魂者が言うのは観客としての大衆の中に見覚えがあるのではなく、もっと個人的な意味合いだろう。
むすくれるような声を出す結魂者にナマエは仮面の下で微笑んだ。

「君は俺の事なんて覚えなくてもいいんだよ」

「それは一体どういう意味なの」

開いたゲートを潜り脱出のためにナマエはゆっくりと歩く。結魂者もハンターに許された範囲でついていく気のようだ。
ここから先はハンターは通れないという位置まで歩みを進めたナマエは困惑する結魂者を振り返った。

「そのままの意味さ。次は快調で素敵なショーを楽しみにしてるよ。俺は君のファンだからね」

荘園へと帰還するルートを通りながらナマエは顔を歪めた。
ヴィオレッタの自由は、喜びは、ナマエには与えることのできないものだった。
見世物小屋から解放されて自由になったってそれはヴィオレッタの喜びには繋がらない。ならば意味がない。
ヴィオレッタは人を楽しませることが好きだ。でもそれは見せ物になって嗤われ、飽きたら捨てられるような仕打ちを受けるような夢だろうか?とナマエは思う。
そんなもので楽しむ人間なんて皆いなくなればいいとナマエは憤っている。
勿論、ヴィオレッタの洗練された曲芸は素晴らしい。それを称賛する人間のことは嫌いではない。
だが、とナマエは思う。この世の中はクソだ。理不尽で残酷で一握りの人間が私欲を肥やす腐り切った世の中だ。
そんな考えの人間が誰かの助けになるはずもない。
ナマエがもう少しまともで善人であったならヴィオレッタの手を取って世界の素晴らしさを伝えられたろうか。
ただ一つ尊いと思ったものですら救えない虚しさにナマエは途方に暮れてしまった。こんな状態では抜け抜けと名乗ることすらできやしないのだ。


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