2019/04/10のアカジャネタです。ネタバレが嫌な方は注意。
「ナマエ君、ちょっといいか」
呼び止める声に振り返るとーー少し痩せすぎな感は否めないがーースラリした長身で姿勢良く立っている所長が立っていた。
その手に持たれた紙束は見覚えのあるもので思わず私は顔を綻ばせる。
「ヨモツザカ所長!私の論文読んでくださったんですか」
「まあいい暇つぶしにはなった」
相変わらず素直じゃないので尊大でツンデレちっくな物言いである。
己と犬以外を見下げて止まない所長も部下たる研究員たちにはほんのすこしだけやさしい。
「それで、どうでした?」
「概ね問題ない。しかし、気になる点がいくつかあった。印をつけておいたから後で確認しておくといいだろう」
他人を褒めるという行為をしない所長にしては好感触な評価だ。
しかも添削までして貰えるとは!今日は運がいい。
「また確認して貰ってもいいですか?」
「いいだろう」
ギュッと胸元で論文を抱きしめて喜びに浸っているとゲフンゲフンと妙な咳が斜め上から聞こえる。所長が心なしかほんのりと頬を染めて顔をそらしていた。
「所長?風邪ですか?私特性の栄養剤がありますがいかがです?」
「必要ない。俺様は極めて健全…健康だ」
実験台…ではなく被験者を探していたところだ。これを飲めばたちまち健康体…の予定だ。理論上は。
ちょうど良かったとばかりに歩み寄って下から覗き込むと所長はグッと背中を反らした。
それだけでとてもじゃないが所長の口に錠剤をぶち込むなんて出来そうになくなる。身長高いなぁなんて思いながらコキリと凝った首を鳴らす。しっしと追い払う仕草に仕方なくポケットから取り出した栄養剤を仕舞った。
「ナマエ君」
「なんでしょう」
しっかりと栄養剤が仕舞われたことを確認した所長は姿勢を正した。長身に姿勢良く見下ろされるとそれだけで威圧感を感じる。
なんだろうか。実験やら研究を手伝えとでも言うのだろうか。
「一ついいだろうか」
様子がおかしい。いつもなら手伝わせてやるとかグイグイくるのに。
ズバズバした物言いが所長の短所であり長所でもある。人の神経を逆撫でしてお仕置きされること多数。
そんな所長がわざわざ前置きなんてして珍しい。
「あー、本来なら業務に差し支えなければどんな格好をしようと構わんのだが」
「はあ」
それで、結局何が言いたいのだろうか。ハッキリ言って貰えないと分からない。そんな思いを込めて所長を見上げているといい加減首が限界にきそうだ。
「クッ…なぜ俺様がこんなことを」
所長はガリガリと頭を掻き毟りながら悪態をつく。無神経でマッドなこの人にも言い澱むことがあるんだなぁと思うとますます気になってしまう。
意を決したように所長が口を開いた瞬間、ドタドタとしたいかにも運動できそうにない足音が廊下に響き渡る。
「ナマエ!結果出たよ。すごいから早く来て」
「え?マジ?すぐ行く!所長、お話は今度伺いますね。待ちに待った実験結果が私を待ってますので!」
「あ、ああ。それほど差し迫ったようではないから気にするな」
また論文書けたら所長に評価して貰おう。
所長の言いたいこととやらへの興味は、実験結果への期待によって瞬く間に霧散する。
白衣を翻して走る私へと所長が殊勝な言葉を投げかけてくれたのだがその違和感に気づかなかった。
「所長って身長高いよねー 。私いつも首が痛くなっちゃう」
ひと段落ついて談笑中、ふと思ったことを口にしてみた。
痛めた首を撫でさすり苦笑すると友人は不審そうに眉を顰めた。
「ええ?普段座りっぱなしだし立っても猫背だしそうでもなくない?」
所長が猫背?いやいや、そんな姿みたことない。いつもシャンと立ってて見上げる私の首を痛めつけてくるのだ。
「え?所長はいつもピシッと背筋伸ばしてるよ?姿勢良くてカッコいいよね」
何か思いついたのか、あっという表情になった友人は先程よりも険しく顔をしかめた。
「高い位置からの方がよく見えるわよね。あのスクラブムッツリ所長め……」
「スクラブムッツリ所長」
奇妙な友人の悪態に首を傾げるしかなかった。スクラブでムッツリとはなんぞや?
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