脱ぎ捨てられた衣服の数々を辿った先にはノースディンがいつも眠る棺がある。
後で靴下を無くしたと泣きついても知らないぞと思っていても拾い集めることはやめなかった。
丁寧に畳んで適当なソファの上に置き、半端に閉じられた棺の隙間を覗き込むと気持ちよさそうに目を閉じた美女がいた。ノースディンの姉であるナマエだ。

「ナマエ、何をしているんだ。人の棺で勝手に寝るんじゃない」

かなり飲んだようでさらに蓋をずらすとツンとした酒臭さが辺りに漂う。
ナマエが寝こけているのはノースディンの棺だ。不在の時ならまだしも今から寝るところだったので酒臭くなるからやめて欲しい。

「おはよう?」

差し込んだ光に気づいてナマエが目を覚まして起き上がった。
肌けたシャツのみの姿は半裸といっても差し支えない。あちこちボタンが外れて色々危ない感じで見えそうになっている。

「なんだその格好は…はしたない。少しはーーナマエ?」

何かしらの苦言を呈してやろうと思っていたノースディンはその内容も忘れて頭が真っ白になった。
抜けたところがあっても尊敬すべき点の多い姉だ。吸血鬼としての能力は勿論のことで、愛情深く、時には厳しく、根気強く、温かく、気高くあった姉は最近だらしない。
完全無欠の姉の失墜に失望を覚えなかったと言えば嘘になる。
他には例えばナマエがノースディンの幼い弟子を構いすぎるだとか、その弟子が腹の立つ顔で挑発してくるとかそんな鬱憤はあった。
知らずに責めるような口調になってしまったのは否めない。
でも本当は姉がこうなったのは何故なのかノースディンは知っていた。だから強い口調にナマエが息を飲んだ瞬間の後悔は深く重い。

「ノースが怒った」

まんまるに見開いた目にジワリと水分が浮かび上がる。ぼたぼたと目から溢れ落ちた大きな雫がナマエの膝に落ちていく。ぐずぐずと鼻をすすりながら俯いてしまったナマエにノースディンは頬を引きつらせた。
しばらく棒立ちのまま呆然としていたところについには啜り泣く音が響き出して、いい加減ノースディンは動かないわけにはいかなくなった。
(そもそも姉を放置する選択肢など最初からないが)ノースディンは泣き出したナマエに大股で近づき剥き出しの肩に丁寧にコートを掛けてやると屈みこんで背中をさすってやった。女性のエスコートなら手慣れたものだがその手つきはぎこちない。

「怒ってない。俺は全然全く怒ってないぞ、姉さん。ただ少しは慎みを持って欲しいという話をしたかっただけなんだ」

一人称やら二人称が昔に戻っている辺りかなり混乱が伺える。
姉の名誉のためにいわせて貰えば普段はこんなのではない。今はちょっと酒が入って自制心がゆるゆるなだけだ。ここにいるのが弟であるノースディンだけだというのもある。他人の前では絶対にここまではならない。
本当はとても甘えたなのに弟の為にと甘えたい時期に甘えられなかった反動でそうなっているから負い目のあるノースディンは咎める資格があるとは思えなかった。

「おこってない?」

「ああ、勿論だ。俺が姉さんに対して怒ったことがあったか?」

「それは問題だと思う」

「急に正気にならないでくれ」

ぐずぐず泣き喚いていたと思えば突然素面のような物言いをしだす。酔っ払いというのは何もかもが唐突だ。
今度はへらりと笑うナマエにノースディンは嫌な予感しかしなかった。

「ねぇ、のーす」

甘えるような声でナマエがノースディンを見上げる。こてんと首を傾げたあざとさに何人の男が虜になることだろう。
ナマエはほんのりと頬を染めて気恥ずかしそうに目を細めた。
ノースディンはグッと腹に力を入れて続くであろう言葉に身構える。

「きょうはいっしょにねてくれる?むかしみたいに」

ほらやっぱり言い出した。いつものやつだ。泣かれる事の次に困る。
ナマエの入った棺の縁を握りしめたまま難しい顔で沈黙したノースディンにナマエの顔が不安げに曇る。
翌日に覚えていなくて理不尽な叱責を受けるのは別に構わない。いつものナマエに戻ってくれるならその程度喜んで受け入れる。
そうではなくて、そうじゃなくて、言い訳を考えながらナマエの肩からずり落ちそうな上着を持ち上げた。

「やっぱりだめ?」

「う、うーん。どうしようかな」

子供らしい行動でも姿形は立派な大人だ。しかしこの酔っ払いに常識的に説得しても絶対に聞き分けないだろう。最悪もっと泣く。
そもそもナマエがくっついて寝たがるのが問題なのだ。いかに美しく豊満な肉体であろうと断じて姉に欲情などしないが、色々出っ張ってる部位が当たるのでとても居心地が悪くて困る。
寝ぼけてナマエを普段口説く女と同じように扱ってしまったらという危惧もある。前者はともかく後者に関しては割としょうもない悩みだった。
悩んだってやる事は一つだったのだが。

「仕方ないな」

「やった。のーすだいすき」

不承不承を装いつつ了承の返事をした途端に飛びついてきたナマエごと後ろに倒れたがナマエの後頭部はしっかりホールドしておいた。
強かに打ちつけた後頭部がジンジンと痛みだしていっそこのまま気絶したかったと遠い目になる。
ノースディンの心中など知らず胸の上に乗っかったナマエは寝息を立てていた。それに苦笑して頭を撫でると気持ちよさそうに顔が緩む。
次の夜にはいつもの姉に戻っているだろう。そうじゃないと困る。

「おやすみ、姉さん」


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