知古の娘だと言うのでからかうために監視の目を盗み会ってみたが失敗だった。Y談の概念も理解できないような子供は範疇外だ。何を言っても聞いてみても不思議そうな顔をするばかりでまるで響かない。
これは将来に期待するしかないかとため息を吐くと、少女から提案があった。

「そんなことよりあそぼうよ」

小首を傾げて鈴のなるような可愛らしい声で誘われたって人間たちを揶揄っている方が楽しいので正直微塵も心揺れない。

「おじさんは忙しいからまた今度ね」

興味を失ったY談おじさんはくるりと踵を返し歩き出そうとした、がその手首を小さな手が握り込んだ。そのまま少女は歩き出す。必然的にY談おじさんが引っぱられる。
力一杯踏ん張っているのにズルズルと身体は引き摺られていく。この子供、かなり力が強い。
他人の事情に構わないY談おじさんと同様に子供もまたY談おじさんの事情に構ってくれないようだった。

「なにしてあそぼうね。おままごと?おいかけっこ?うでずもう?それともーー」

紐なしバンジー?と聞こえてきてY談おじさんは耳を疑った。それはただの飛び降りだ。
思わず「え?」と聞き返すと少女は仕方ないなぁと言わんばかりに頷いた。

「ぜんぶがいいの?よくばりだなぁ」

少女の耳は実に都合よく出来ていて、聞きたいように言葉が変換されたようだった。





知古の娘はとんだリトルモンスターだった。
おままごとは悲鳴をあげる謎の手料理を喰わされそうになり、追いかけっこはいつのまにか猛獣が参加して、腕相撲では台が壊れ、なんかもう滅茶苦茶だった。紐なしバンジーで怖いなら一緒に飛び降りてあげるよと宣り背中に乗った少女が耳元でケラケラと笑う声がいつまでもY談おじさんの耳に残っている。
しばらく夢に出そうだった。

「Yのおじさま髪の毛白くないのに元気ないね?ちゃんとご飯食べてる?」

「ふ、ふふ。おじさんもう限界」

老化による白髪のことだろうか。少女は力なく笑い座り込んだままぐったりしたY談おじさんの膝の間に陣取る。
無垢な娘だ。純粋で溌剌として下品な話なんて知りませんと言った顔のこの子が成長して、一体どんなY談を聞かせてくれるのだろうか。思いを馳せてみた。
今から楽しみで仕方ない。口角を吊り上げ、細められた目の中で愉悦の光が踊っている。

「お嬢さんが大人になったらおじさんに素敵なY談を聞かせてくれるかな?」

背中で悪い大人がどんな顔をしているのか少女は知らない。

「いいよ。おじさまのどぎもぬくやつかんがえとくね」

知らないから、こんな風に気軽に請け負うのだろう。可愛いなァと何の気なしに頭を撫でてやる。指の動きに合わせてサラサラとした細い髪が月光に照らされて光っている。その行動に自分でも驚いた。子供の頭を撫でたのは初めてだった。





「そういえば名前を聞くのを忘れてたな」

享楽と暇つぶしばかりで一杯の頭の中であの子はなんという名でどんな目をしていたかもはや朧げだ。
長く生きるとそれだけ記憶に止まる出来事が減っていく。衝撃的な出来事ばかりが印象に残って後はサラサラと消えていく。
あの子の事はその中の一つだっただけだ。


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