10000打企画夢 | ナノ

地平線の向こう

 砂浜に波の音が響く。未来機関の連絡船が深い青色をした一面の海に、白い飛沫で路を描きながら遠ざかっていくのが見えた。また、彼らの様子を見に来ていたのだろう。七篠は砂浜に腰を下ろすと見えなくなるまでその姿を見つめる。
 苗木たちにしばらく絶望の残党たちの面倒を頼む、と言われ島に残されてはてさて何日経っただろうか。カレンダーの日付を確認する事も億劫になり、わからなくなってしまっていた。
 仕方がないことだ、と彼女はその仕打ちに納得はしている。ここで暮らす絶望の残党を誰が監視するかという話が出た時点で、誰もが苦い顔を隠せないでいた。彼らも七篠も世界を元通りにする、という大仕事があり多忙である。その中で一体誰が、となった時に貧乏くじを引くのは誰なのか。彼女は自分にことごとく運が無いということはわかっていたつもりでいたが、やはりその結果を現実に身に受けると悲しいものである。

「また……貴様か」

 背後から声がかかり振り返ると、そこには絶望の残党で、つい何日か前に仮想世界の死から復帰した田中がいた。当初はこの島を破壊する、滅亡させるなどと暴れていたが、森林や珍しい動物たちと触れ合い心が癒されたのか大人しく日常生活を送れるまでになった。
 何度か会話を交わしたことはあるが、彼女は彼が苦手である。彼自身はこうして姿を見ただけで話しかけてくれるためおそらく好意的に思ってくれているのだろうが、どうにも会話が難しいのだ。彼の放つ言葉の数々は常人の知りえる知識とはかけ離れた所から引き出されているかのように難解で、その真意を解くことは七篠にはできなかった。
 だが決して全てがわからないわけではない。今日も彼の言葉を解読する練習をしようかと、七篠は彼との会話を試みることにした。

「ああ田中眼蛇夢くん。起きてたのですか……。今日のみんなの様子は?」

「それは貴様が自らの目で確かめるべきだろう? 七篠」

「う……ごもっともです。でも、今は」

 少し落ち込んだ気分を紛らわしたかったのである。あの監視モニターと機械だけの薄暗くて寒々しい部屋にいては、どんよりした気分を晴らすことなど到底できそうになかった。だからこそ波の音と綺麗な海と、広大な青空を眺めることができるここへ来たのだ。
 しかしそうして着いたここから、遠ざかっていく連絡船を見てしまったせいで、すっかり暗い気持ちになってしまった。さっきのことを思い出すと悔しさが込み上げてくる。

「田中くん、よろしければわたしの話を聞いてもらえませんか?」

「……いいだろう」

 彼は七篠の隣に腰を下ろした。今まであまり気にしたことはなかったが、こうして至近距離に並ばれると彼の体躯がいかに男らしく、立派なものであるのかを実感してしまう。彼女は彼の仕草にどきりとして、視線を落とした。

「あの連絡船が来るとき、わたしが彼らと何を話しているか知っていますよね」

「当然だ。だからまた貴様か、と言っただろう?」

「そう、またわたしなんです。また……」

 これで3回目くらいだろうか。その数は決して多くはないのだが、彼女を落ち込ませるだけには十分であった。

「また、じゃんけんに負けたんですよおおお!」

「フン、貴様の魔力の低さはマイナス値といったところか。ククク……実に下等な雑種よ!」

「うぎゅう、そこまで言わなくったっていいじゃないですかっ!」

 連絡船が来た時、苗木たちみんなとじゃんけんをしてその中で負けたものが今回島に残る、ということを行っているのであるが、七篠は全戦全敗、見事に負け続けていた。初っ端のじゃんけんで島に残る監視役を決める戦いにも敗れ、思えばその時からずっと向こうの地に足を着けていない。

「ああ、向こうに帰りたーい……」

 きっと未来機関のみんなは仲良く楽しく、馬鹿騒ぎしているのだろう。徹夜で残業をしたり危ないことだって何度も経験を強いられてきた職場であったが、その日々はいつも笑顔に満ち溢れていた。
 対してここはどうだ。気難しくキャラの濃い連中がただひたすら仲間の目覚めを待つ、そんないつ叶うかわからない奇跡を望むだけの毎日である。そしてその相手は絶望の残党で、彼女の敵でもあるのだ。その経過をただ黙って記録して報告して、日々の平和を願うだけ。これの何が楽しいというのだ。

「なんて、最初は思ってたのですが。みんななかなか仲間想いで、わたし感動しちゃったのです」

「貴様に俺様たちの″精神状態″(ステータス)が分かるとでも言うのか? ハッ! 笑わせるなッ!」

「全てはわかりませんが、それでも協力したいなって、少しでもみんなの事理解できるようになりたいなって、思うの」

 彼女の当初想像していた絶望の残党たちというのは、ひどく人間味のないおぞましい者たちの集まりであった。だが実際会ってみるとそんなことはなく、それぞれしっかりとした意思を持ち仲間を救いたいという共通した目的を持っていた。未だ目覚めぬ仲間たちに必死に呼びかけるその姿は、絶望と形容できない、希望に満ちた存在に見えたのである。

「……愚かな。絶望の淵に堕ちた事すらない者が、神にでもなろうというのか。フハハハハハハッ! 身の程知らずもここまでくれば救いようがないなッ!」

 確かに彼の言うとおりだ。彼女は絶望なんてしたことはない。いつでも日和見主義で、まあなんとかなるだろうとどんなに悲しい事も乗り越えて、苦しい事も上手くかわしてきた。適当に生きていれば人生などそんなものである。
 けれども、そんな彼女は今こうして彼らと出会って会話をして、その絶望を知って、一緒に乗り越えたいと、心からそう思い始めている。きっとそれはここに長く共にいなければ生まれない意志だっただろう。田中の言葉は確実に彼女の心に一撃を刺したが、その想いは揺れるものではなかった。

「わたし、本気ですよ」

「クッ……! 嘗めた真似を……未来機関のメス猫の分際でッ!」

「だから、ね。田中くんのことをもっと教えて欲しいです」

 お願いしますと軽くお辞儀する彼女は優しい笑みを含んでいた。穏やかにそっと寄り添おうとする彼女を、彼はまだ受け入れられないようで苦々しそうに睨むことしかできない。

「わたしには田中くんの使う″高次元の言葉″はちんぷんかんぷんだけど、頑張って慣れるようにするから……もう少し仲良くなれたらいいなって思うの」

「馬鹿なことをッ……!」

 焦る様に、何かを隠すように彼はそこから立ち上がり去って行ってしまった。残された七篠はその背を見つめて、見えなくなると今度は目の前に広がる広い広い、海に視線を移した。
 ここから見えるのは水平線だけだ。陸の見えない孤独な島。この海を越えれば陸が続いていて、そこからはきっと地平線が見渡せるのだろう。そこに帰りたいと思っていたはずなのに、なぜ自分はここにずっと居続けるのも悪くないかもしれないと、強く思ってしまうようになったのだろう。
 ふとさっき会った田中の顔が思い浮かんだ。彼が心から笑えるようになったら、一体どんな表情をみせてくれるのだろうか。純粋にそれを見たい、と思ってしまう自分が今此処にいる。
 彼女の中で、地平線と水平線に抱く想いの境界が歪んでいく。連絡船は今度、いつ来るのだろうか。この世に奇跡があるというのならば、きっとまたその時は神様が微笑んでくれるはずだ。



●End.

@2013/10/08

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