暑いのと寒いのとどっちがマシかという疑問を問われることがある。そういうときは決まって夏も冬も好きだからどっちも平気だと、七篠は答えるのだ。しかし好きと平気とは意味合いが違う。生まれ持ったその体があらゆる夏と冬に対応できるのであれば、風邪も引かないし汗もかかないし凍えたりもしない。それが平気ということだ。
どんなに夏が好きでも彼女の体は平気ではなかった。じりじりと照りつける太陽の暑さに汗を流しながら七篠は仲間たちとビーチバレーを楽しんでいた。日が昇ってから常時太陽の熱を吸収し続けている砂に触れると足の裏が熱い。
しかしそんなことも気にならないほどに白熱した試合が行われていた。男子も女子も混ざっての、本当のルールを無視した6人対6人での試合である。2人が審判となり、残る2人は休憩だ。日射を遮るものがないそこでは、試合に参加していないその休憩組が座るところにのみパラソルが差されていて、唯一の日光からの逃げ場となっていた。主に動きたくないと駄々をこねる西園寺やすぐにボールにぶつかって怪我をする罪木の常在する場所であったが、次の試合が始まるとなって休憩組の入れ替えが行われた。今回その組になったのは田中と日向である。そして審判として選ばれたのは七篠と罪木だった。
「よーっし! じゃあ試合スタートッ!」
七篠が白いホイッスルを吹き、そこから出た甲高い音が合図となって終里がボールを青い空に向かって高く投げる。彼女の強烈なサーブになんとか耐えたボールは、轟音を立てながら相手側のコート、レシーブの弐大の元へ真っ直ぐに向かっていく。
「オレのサーブ、食らいやがれぇぇぇッ!!」
「墳ッ! 基礎がなっとらん……回転が甘い。この程度でワシにかなうと思ったら大間違いじゃぁぁぁッ!!」
終里の全力を込めたボールは弐大の構えた手に当たった瞬間、ぎゅるぎゅるという音を立ててその拳を攻める。だがそのボールが手の上で回転していたのも束の間で、勢いよくその手のひらから相手側のコートへと弾かれて返って行った。それは遠くの岩場に当たり、轟音を立てて砂煙をあげた。皆がそれを唖然として見つめる中、ホイッスルの音が響く。
「アウト―ッ! 弐大くん、相手のコートの線越えたら負けちゃうんだってばー!」
「ぬぅおおおおッ! そうじゃったのう……こりゃ一本取られたわ! ガッハッハ!」
「テメーら人外のプレーしてんじゃねーよ……」
九頭龍がそう呟くのも無理はない。今のは誰がどう頑張っても、2人以外には到底受け止められるようなものではないものだった。悪い悪いと2人はみんなに謝る。
仕切り直しといったところでまた七篠が笛を吹く。罪木は向かい側で慌てて今の点数を加算した。まだこの試合は始まったばかりだが、終里チームの一歩リードである。
そんな試合の様子を休憩している日向が楽しそうに眺めていた。試合もさることながら、男女ともに今は水着という露出度の高いものを着用しているのだ。自然とそれらが溢れる光景に目が離せなくなってしまうのは男の性というものである。
「ははっ、今のはすごかったな。こんなとんでもないビーチバレー、見れる機会滅多にない……って、おい、何してんだ?」
横を見ると田中が一心不乱に砂の城を作っていた。とんでもなく手際が良く、その築城されていく様は異様な速さだった。また出来もいい。細かに掘られた窓に模した窪みは城にあって然るべき場所に均等に並んでおり、その周りに作られた城壁もまた狙撃の部隊が立てるためのスペースをしっかりと確保して作られている。一種の芸術作品の様な出来栄えであった。
「何を、とはどういうことだ?」
「いや、なんでもない。それ……すごいな。お前にそんな特技があったなんて知らなかったよ」
「当然だ。俺様の秘伎をそう易々と人間如きに見せるはずがなかろう」
「ああ、そうだよな。それにしても……」
彼の慣れた手つきは、きっと幼い頃より海に行く度にそうしてひとりで砂浜で遊び続けた結果なのだろうかと、ふと失礼なことを考えてしまう。それはそれで彼は楽しかったのだろうが、周囲の目は生温かかったに違いない。そんなことを繰り返しているうちに彼はここまでの技術を身につけたのだろう。
「それって何かをモチーフにしてるのか?」
「ククク、笑わせてくれる……。俺様の考えた最強の城、田中キングダムは原初から俺様の脳内より生み出されし城だ」
「それがお前の考えた城なのか。へえ……つ、強そうだな!」
2人がパラソルの下でそんな会話をしていると、コートの様子がどこか不自然な様子を見せていた。あんなにも白熱した戦いを繰り広げていたというのに、皆一点に視線を向けて小さな声でざわめいている。それぞれが何が起こったのか理解していないらしい、どういうことだ、という声が日向の耳に届いた。
「七篠……倒れてるじゃないか!?」
「なん……だと……!」
気づいて駆け寄ろうと2人が立ち上がると同時に件の彼女、七篠は砂だらけになった髪の毛を手で軽く撫でながら起きあがったのである。どうやら大事には至っていないようだが、倒れたとなれば日射病、熱中症、はたまた水分不足や貧血も心配された。試合は一旦休止となり、罪木が彼女に駆け寄る。
「ごめんごめんみんな。大丈夫だよー。ちょっとくらっとしただけで」
「うゆぅ、びっくりしましたぁ。あのぅ……倒れちゃう時点で大丈夫じゃないですからぁ、せめて休んでてくださぁい……!」
「ふむ、確か日向と田中が休んでいただろう。交代してもらうといい」
「へ、平気だよ! 暑いのなんて」
「遊びたい気持ちはわかるけど、アタシたちは逃げないから。またフラフラ倒れられたら、心配するのはみんななんだよ? さあ、休んだ休んだっ」
「体は正直なんですよ、七篠さぁん」
皆に言われるがまま休ませてもらうために、先に休んでいる2人の元へ渋々といった表情で歩いていく。そんな背中を罪木は安堵の表情で見つめていた。
彼女は体がそんなに丈夫な方ではない。とは言っても病気がちだのということは無いのだが、ここにいるみんなの中では西園寺を下回る程度の体力の無さである。逆に言えば一般人の体力では超高校級のメンバーの屈強さについていくのは困難なため、致し方ないというのも事実だ。みんなが行くなら自分も参加すると言っていたが、想像するよりも遥かに体力の消耗が激しかったのだろう。それにこの暑さだ。彼女のやせ我慢も限界がある。それが先ほどの倒れるという事態を引き起こしてしまったのだ。
日向と田中はふらふらとした足取りでこちらへ向かってくる七篠を不安げに見つめる。しかし彼女のその瞳はしっかりと光を宿していた。そんなに遠くはない、そこへ辿り着けるくらいの体力はあるようだ。
彼女は申し訳なさそうな顔で2人に事情を話して交代してもらえるよう交渉しだす。しかしそんなことは不用だと言わんばかりに先に日向が話を切り出した。
「いいから休んでろって。俺が代わりに審判を務めさせてもらうからさ、なんかあったら田中に言うといい。じゃあ、頼んだぞ田中!」
「おい日向、貴様ッ!」
爽やかに去っていく彼はきっとあの中に混ざりたくて仕方なかったのであろう、嬉しそうに向こうへ駆けていった。
一方、残された田中は困惑していた。水着姿の女子と一緒に2人きりである。話すことなど思いつかないばかりかその視線をどこへ向けたらいいのやら、見当がつかない。
「田中くん、男水入らずのとこごめんね。迷惑はかけないから」
「……フン、御託はいい。さっさとそこで体を休めろ」
パラソルによる日陰の場所の大部分を彼女に譲る。もともと砂の城を作るためなるべく日の当たる場所にいたのだ。何も不自由はない。
2人は砂の上に腰を下ろした。田中は気まずさを紛らわすかのようにまた城作りに着手するが、隣にいる七篠がそのことに気づかないわけがない。
熱い視線を感じて横をちらりと見ると、驚いた。すぐそこに七篠がいて、田中の手元を凝視していたのである。
「たっ、田中くん……それ、すごいね……!」
瞳をきらきらと夏の海のように眩く輝かせて彼女は言う。大人しく休んでいるなどというのは、彼女の好奇心旺盛な感情が許してはくれないらしい。
「かっこいいー! 何これうますぎる……もう芸術じゃない! ちち近くで見てもいい!?」
「……す、少しなら……かまわん」
その勢いに負けて、また褒められて悪い気はしなかったがためについ彼女に気を許してしまう。彼女はそこそこ信用のおける人物ではある。まさか壊されるということは無いだろうが、舐め回すようにあらゆる角度から田中の城を眺める彼女は異様であった。そのことからお世辞でなく本当にその完成度に胸を打たれたのだという事が窺い知れる。
「わーい! この、門のところの装飾とかすごい凝ってるね。一体どうやって作ったの? こんなの田中くん以外できないよ。さすが破壊神暗黒四天王を手なずける氷の覇王だね!」
「……ありがとう」
田中は赤くなった顔をマフラーに埋めて隠した。彼女のせいで、ただでさえ暑いというのにさらに気温が増していらないところから汗が溢れてきそうになる。
「これってどこかのお城? なにか作品名とかないの?」
「……田中キングダム」
「そしたら田中くんが王様ってことかぁ。ふふ、素敵なお城ーっ。いいなぁ。わたし、砂でお城作れたことないんだよ」
「……七篠」
「うん?」
「貴様が望むのであれば、俺様が直々に築城の手ほどきをしてやろう」
「ほんと!? うれしい……よろしくお願いしますっ」
休んでいるはずの2人は楽しそうに砂遊びに取りかかる。七篠は体調不良などどこへ行ったのやら、田中に砂の城の作り方を大はしゃぎで教わるのだった。
それにしても今日はやけに暑い。その温度に耐えられず出てきた汗を、田中は彼女の見ていないうちにそっと拭った。
●End.
@2013/09/29