10000打企画夢 | ナノ

歩きにくくて袖をつかんだ

 遊園地をお出かけ先に選んだのは田中だったが、お化け屋敷に行こうと誘ってきたのは七篠の方だった。ホラーやスプラッタ系の映画を平然とした顔で見て、面白かったねと西園寺と仲良く話している彼女を見かけた人は少なくない。となれば当然遊園地に来て彼女が行きたがるのはどこか、簡単に予想がつく。

「わくわくするーっ! わたし先に入っていいかな?」

「……貴様、まさか本当にこの阿鼻叫喚の闇が待つ地へ踏み入ろうという、のか……」

 お化け屋敷にさあ入ろう、となったところで入口から漏れ出してくる冷気やおぞましいBGMに田中は身震いした。どうしてこんなことになったのか、といえば元々はお出かけ先に遊園地を指定してしまった彼が悪いのかもしれない。けれども、まさか自分と来た時にここを選択されるとは完全に予想外であったのだ。
 なんせ、彼女の見た目も話し方もおっとりとしていて、とてもお化け屋敷に目を輝かせて入るような人物には見えない。映画なら見ているだけなので平気なのもわからなくないが、実際に自ら恐怖体験の渦中へ身を投じようと思っているなど、その見た目から推測するのは誰だって難しい。田中もてっきり彼女がメリーゴーランドやコーヒーカップなどを好むと予想していたが、見事にそれは裏切られた。

「田中くん、顔色悪いけど大丈夫? あの、苦手だったら無理しなくても」

「ハッ! 笑わせてくれる! 俺様は数多の世界を支配するほどの魔力を持つ、田中眼蛇夢だぞッ!」

「頼もしーいっ。じゃあ、先歩いてもらってもいいかな?」

「なん、だと……!?」

 強がりを言ったせいで大変なことになった。一度口にしてしまった失言の責任はとてつもなく重いが、男たるものもう後に引くことはできないのである。

(おのれ、七篠め……この俺様を試しているのかッ……!?)

 絶対に嫌であったが断る訳にもいかず、七篠に急かされるがまま暗闇の待つ地獄へと足を踏み入れたのである。

 中は一般のお化け屋敷と同じ、真っ暗な回廊の途中にいくつか小さな明かりが点在しているだけの、前に進むのがやっとな視界だけが用意されていた。ホラー映画にありがちな肌寒さを誘う音が聞こえてくる。それだけでも十分に後悔の念が押し寄せているのに、このまま前進しろというのだろうか。
 後ろからは七篠が楽しそうにしながらも脅えた感情を隠せず、そろりそろりとついてきている。更にその後ろには入り口の明かりが煌々と射している。そのおかげで幾分かここは明るいが、反対側、進むべき方向には出口の光はない。

「おおおお化け屋敷ってやっぱりどきどきする……! 怖いよおお……」

「貴様、耐性があるのではないのか?」

「うう、やっぱり怖いですごめんなさい」

 怖がりのくせに入りたがっていたらしい。何事にも興味を持つのは良いことかもしれないが、こうして他人を巻き込むようでは迷惑である。

「田中くんならこういうとこも平気かなって思って……その、お化けとかにも勝てそうだし」

「我が魔力を以ってすれば如何なる魔獣をも屈服させることができよう。だがッ! 万物の理をも凌駕する未知の意識統合体が相手となれば……予測ができん」

「えっ!? 勝てないの!?」

「馬鹿なッ! 俺様が勝てぬ相手などいるわけが」

 ばん、と大きな音がして入口のドアが閉められた。途端に視界は暗闇しか映らなくなる。

「ひゃ!? たなっ、たなかくん!?」

「おッ、のれぇッ……! 漆黒の魔法を使う、だと……!?」

 薄明かりがちらちらと前方を照らしている。その光は弱弱しく頼りないが、退路が絶たれた以上これより先に進む他ない。何が待っていようと素早く通り抜けてしまえばこの地獄にも終わりがあるのだ。さっさと駆けてしまおうと一歩を踏み出した。ブーツが地に着く音が回廊にか細く響く。

「ひぃぃ! おねがっ、はな、離れないで!」

「ええいッ! 俺様に触れるなッ! 近づくなッ!」

 まだ闇に順応していないらしい彼女の視界は田中の姿を映していない。手探りで彼がどこにいるのか確認して安心しようとするのだが、彼女の振り回す手が田中の体を掠める度、彼は必死にそれを避ける。置いていかれそうだという不安が彼女をそうさせたのだ。

「あ、ちょっと……見えてきた」

 ようやく田中の姿を暗闇の中に発見でき、彼女は手を止める。先に行かれていなかったことがわかり、胸を撫で下ろした。

「お願い、手繋いでて……」

「なッ!? 七篠、気は確かか!? 俺様は全身が毒に冒されているのだぞ」

「痛くても辛くても苦しくても我慢するから、こんな真っ暗の中一人にされるのはいやー!」

 田中だって嫌だ。元はといえば彼女の誘いがなければこんな恐ろしいところにくる必要も無かったのである。自業自得、といって突き放してしまうことも可能だ。だがそんな非情なことをできるほどに、氷の覇王は凍てつく心を持ち合わせてはいない。
 俯いている七篠の前に田中の腕が差し出される。

「……衣服ならば毒気が弱い」

「えっと……」

「もし、いやそんなはずはないだろうが……。万が一、貴様が俺様に触れても尚息をしていられる存在であるならば、このくらい訳もないだろう。無事に出口まで掴んでいられることができたならば、その暁には貴様を特異点として認めてやろう」

「あっ、ありがとうぅぅ!」

 特異点やら何やらはわからなかったが、ここを抜け出してからじっくり聞けばいい。力強く田中の学ランの袖を掴んだ。
 安心したのも束の間、背後から歩みを急かすように響いてくる怨念のような呻き声が迫る。田中は無言で、七篠は悲鳴を上げながら出口を目指して駆け出した。



●End.

@2013/09/26

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