10000打企画夢 | ナノ

02

 彼女の目の前には秘密基地や、手を引いてくれた男の子の顔などなかった。ましてや視界はぼやけてなどおらず、白く質素な壁紙が貼られた天井がはっきりくっきりと見えるだけである。
 夢から覚めたのだと気付くと同時に、彼女は鼻頭を熱くさせ涙を流し始めた。昨日の今日で涙腺が緩んでしまっているらしく、絶え間なくそれは流れ続ける。雫は頬を伝い枕にかけているバスタオルに小さく染みを作った。やがてそれは大きくなっていき、覆われているはずの中身の枕まで濡れさせてしまうのだった。

 凄惨な朝を迎えた彼女が良い一日を送る事ができるはずもなく、その日は教科書を忘れたり問題の答えを大きく間違えて教師に叱られたりと、散々なものであった。友人たちに調子が悪いねと心配されたが、その時には決まってなんでもないよと答えへらへら笑い返す。くだらない、たかが夢のせいで動揺しているなどと口が避けても言えない。笑われるのがオチである。
 放課後になるとぐったりとした体を引き摺る様に動きだし、友人たちに別れを告げて一人で帰路についた。帰る方向が違うため一緒に帰れないのは仕方がないのである。少し寂しい隣を見て、彼女は小さく溜息を吐いた。
 ふと今日はどうしようかと、昨日の砂浜にいた人物の事が気にかかり悩みだす。帰り道に街中と海岸沿いのどちらを選ぼうかということである。もちろん海岸沿いを歩いたからといって昨日の人物がそこにいるとは限らない。それにその人に会ったところでどうするわけでもなく、ただ自らの傷口を抉る行為に繋がるだけなのだ。
 それでも、何故か勝手に足は海岸沿いの方向へ進んで行く。今朝見た夢のせいなのだろうか、はたまた見えない何かの魔法にでもかかのだろうか。その足取りは軽く、速い。
 件の砂浜が見える位置に着いた。恐る恐る歩みを進めるが、そこには誰もいない。ただ青い海とさざ波の音が木霊するだけの、静かで平和な海岸が存在しているだけだった。
 昨日のあれは幻だったのではないのだろうか。目の前に広がる海岸は彼女の心を抉る事などしない。爽やかに吹き抜ける風は昨日のことなどまるで無かったかのように彼女の頬を優しく撫でた。そうだ、そうに違いないと彼女は砂浜に続く階段の上からその景色を堪能した後、自宅に帰るべく再び歩き出した。
 海岸から少し離れたところで、砂浜を誰かが歩くような気配がした。彼女は第六感のようなものは持ち合わせていないはずであるのに、何故かこの時だけは直感的にそう思ったのである。心臓が止まりそうな思いでゆっくりと振り返る。徐々に見えてくる砂浜の淡い肌色に鼓動を早まらせ、しかしそんな筈はと自らの直感を否定して。

(ああ……彼だ)

 視界の端に昨日はしっかりと捉える事ができなかったその人の色を確認すると、彼女はまた昨日のように駆けだした。今度は足音が聞こえてしまったかもしれない。もしかしたら自分の姿を見られたかもしれない。
 それでも彼女は、その人物と対面する勇気を持ち合わせていなかったのである。だから、逃げるしか他に手段はなかったのだ。



 また、夢の中です。昨日の夜見たものと同じく、視界はぼやけて足元はおぼつきません。しかし昨日見たものと違うところがありました。ひとつは視界の高さです。心なしか少し、高くなったように思えます。また見える景色も違いました。ここはどこでしょうか、公園、のような場所に見えます。
 わたしはベンチに座っており、誰かを待っているようでした。その人が座れるよう、右側が空いています。それにしてもこの胸のどきどきと落ち着きのなさは何故なのでしょうか。

『すまない、待たせてしまったようだな』

 その声が聞こえただけでわたしの口元は弧を描いていきます。最近はこんな風に綺麗に笑わなくなりました。そのため久しい感覚がわたしを襲い、胸のあたりがちくりと痛むのでした。

『いいの。わたしから誘ったんだから。ねえ、――ちゃんはどこの中学に行くの?』

『フッ……愚問だな。頂点に立つべき者が高みを臨まなくてどうする』

『えっと、それってこの辺では超難関って言われる……』

『ああ。貴様とは次元の違う場所だ』

 突き放すような彼の言葉にわたしは泣きそうになります。目じりに温かい水を溜めて、それでもその言葉に負けないようにわたしは拳を握り、彼の目をしっかりと見つめて口を開くのでした。

『わたしもそこに行く!』

『なん……だと……!? 貴様、正気かッ!?』

『勉強いっぱいするもん。今から頑張るもん。一応、今のクラスでは成績良い方だし……』

 彼は困ったような顔でわたしのことを見つめています。自分ではわかっているのです。今の自分の学力では彼の目指す所へ辿り着くことは到底不可能であることを。彼もそれを、まるで自分のことの様に知っているのでした。
 ですが、わたしの中にはそれに追いついてやるという覚悟ができていたのです。遊ぶ時間すら犠牲にしてでも、彼と離れることだけはどうしても嫌だったのです。

『だから、中学校に行っても仲良くしよ? ――ちゃん』

 最後に彼はなんと答えたのでしょうか。わたしは聞きとる事も、表情を読むことも叶いませんでした。
 そしてやはり不思議なことに、彼と目を合わせていたはずなのにその輪郭と形、顔を形成するもの全てが何故か、はっきりとしないのです。


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@2013/10/21

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