10000打企画夢 | ナノ

はしゃぐ私を見守る君

 朝食を済ませた一同は散り散りになり、それぞれ自由な時間を過ごしていた。レストランにそのまま残った七篠や小泉たち女子は、さあデザートに何を食べようかという話で盛り上がっていた。マーケットに行けば何でも揃っているらしく、そこから持ち寄ったものをテーブルの上に並べて、わいわいと賑やかにおしゃべりを楽しんでいる。一般庶民の七篠には聞いた事のないきらきらとした名前のデザートから、コンビニによく有りそうなスイーツまで様々な種類が所狭しと並べられているテーブルを見て、一番に声をあげたのは澪田であった。

「うっきゃー! みんなでわいわいぎゃーぎゃーお菓子パーティーできるなんて最高っす!」

「ぎゃーぎゃーって……、ま、アタシも女の子同士でこうして騒ぐのは好きよ」

「これ、なーに? お花の形しててきれい」

「ちょっと、七篠ったら和菓子食べたことないの!? ありえないんだけど! アンタみたいなのは食あたりで腹下して二度とお菓子食べられない体になればいいんだよ!」

「えええ!? ご、ごめんなさいー! 二度とお菓子食べられないなんていやー!」

 口を開けば閉じることを知らず夢中になっておしゃべりをする彼女らは、その様子を見ている者の存在を知る由もなかった。
 レストランに残った男子たちである。とは言っても、日向と左右田と田中という3人だけであった。たかが3人程度、居ようが居まいが彼女らにとって気にする程度のものではないのかもしれない。それにしても少しは混ぜてくれても良いのではと、左右田はちらちらと女性陣の方を見ながら男2人とババ抜きをしていた。

「あっ、やっべ……」

 余所見をしていたせいで何も考えず日向の持つ手札を抜いたところ、人を嘲笑うかのようなモノクマのイラストが描かれたジョーカーを引いてしまった。

「おい左右田、そう言う事言ったらお前がババ持ってるってすぐわかっちゃうじゃないか」

「貴様は本当に愚かだな……。フッ……フハハハハハハッ! 俺様の勝利だッ!」

 2枚の手札を掲げてどうしようかと思案している左右田の手から、ジョーカーではない数字のカードが抜き取られる。田中の手札は残り1枚であった。左右田から取ったカードを見て自分の物と一致した事を確認した後、テーブルに置かれた捨て札の山にそれを投げ入れた。

「あ、ちょ、待てって! フツーはシャッフルしてからだろォ!?」

「わからんのか? そんなことをしたところで俺様の千里眼を欺けはしないということをッ!」

 田中が上がりという事は、日向が手札を貰う相手がいなくなってしまったということである。そうなると必然的に左右田が日向の手札を引かなければならないわけだ。残り1枚となった手札を日向は左右田の前に差し出した。

「よし、俺も上がりだ。また左右田の負け……だな」

「チ、チクショー! なんでだよォ……これで5回目だぜ? あー、トランプなんてやめだ!」

 元はと言えば最初に左右田が気分転換にトランプをしよう、と日向を誘ったのである。狙いはレストランに居ることで女の子たちと仲良くできたらいいな、なんてことだと日向はわかっていた。そんな思惑を感じつつも特にすることもなく、せっかく誘ってくれたのだからとついてきたのはいいが、女子の他にもう一人、先客がテーブルに着いていたのであった。田中である。彼は図書館から持ってきたのであろう分厚い動物図鑑を読み耽っていた。
 彼が牧場に行かずここで過ごしていることは珍しい。彼もまた気分転換だろうかと軽い言葉でトランプに誘ったところ、意外にもあっさり乗ってくれた。一体どういった心境の変化だろうと疑問に思ったが、不可思議な行動をする者がいてもそれは当然のことである。なんせ一昨日、人が2人も殺されたのだから。

「いやー……なんつーかさ、思ったよりみんなフツーにしてんのな」

「落ち込んでても仕方ないからな。きっと、少しでも楽しい事をして気を紛らわせなきゃやってられないんだ」

 普通に振舞っているように見えるが、皆、心中は動揺していた。一昨夜見た十神の無残な死体と、残酷にも行われた裁判とオシオキという名の処刑。どれも脳裏から離れない強烈な光景であった。目を閉じれば瞼の裏に蘇りそうな悲しい記憶と、殺し合いをしなければならないという理不尽な状況を与えられた正常な人間が、どうして正気でいられようか。しかし弱気になっていても仕方がないのである。それもまた、皆の辿り着いた答えであった。
 故にこのお菓子パーティーなのだろう。誰が言い出したのかは知らないが、気分転換に持ってこいの企画である。傷つきズタボロになった心が癒されるような、和やかな雰囲気がそこにはあった。

「わあ、いろんな色あって可愛い! これはなんなの?」

「それはマカロンですよ。フランス発祥の焼き菓子ですわ。わたくしの国でもよくお茶会などで出されていました」

 ソニアの豆知識を聞きながら七篠は小さく丸いマカロンを一口齧った。彼女の口内に広がる甘さは予想以上のもので、しかしその食感はさくさくとして口の中で溶けるなんとも不思議なものだった。

「ふふ、マカロンは作る人の加減によって甘さが変わりますからね。どうでしたか?」

「うーん。わたしとしてはもう少し甘さ控え目が嬉しいな。でも可愛いし、こういうの一度作ってみたいね」

「それが、調理法方が難しくて素人にはなかなか作れないお菓子なんですよ」

「あ、でも花村くんだったら作れそ……う」

 一同がしん、と静まり返る。それはこの場でこの空気で口にしてはいけない名前で、それでも忘れることはできない罪人の名前だった。
 七篠に皆の視線が集中する。場の空気を濁してしまったことに青ざめていく彼女の顔は、それでもどうにかしようと必死に引き攣った笑みを浮かべていた。
 せっかく南国の島で楽しい修学旅行という明るい雰囲気を取り戻しかけたというのに、彼女の一言で全てが無に帰してしまったようだった。その責任の重さは皆の視線が物語っている。だが、彼女が彼の名前を口に出してしまうのも無理はないのだ。ここへ来て彼の作る料理を一番おいしいおいしいと言って味わって食べていたのは彼女であり、話をしていたのもまた彼女であるのだから。短い間だが共に過ごし仲良くなった大事な友達があんな残酷に殺されたとなっても、いつものように隣にいる感覚に陥ってもそれは仕方がない事だと、ここにいる皆はわかっていた。そのため、彼女に向けられる視線はいつの間にか同情へと変化していたのである。

「あ……はは、そうっすねー……輝々ちゃんなら、作れたかもしれないっすね」

「うむ、そうだな。何も、間違いはない」

「うゆぅ……でもぉ……生きていたら、ですよねぇ」

「こんっのゲロブタぁ! 余計なこと言うなって……ば……」

「七篠……さん? あの、大丈夫ですか?」

 ソニアに名を呼ばれた彼女は大きく見開かれた瞳からぼろぼろと大粒の涙を零していた。気付かなかったわけではないのだろうが、流れ続ける雫を拭うような動作はせずに、彼女はただ間抜けに口を半開きにしていた。そして一息遅れてさも今気付いたかのように、慌ててか細い腕で両の目をこすった。

「ごっめ……ん、ちょっと、外で頭冷やしてくるね……!」

 そう言って彼女はレストランを飛び出して行ってしまう。待って、と声をかけたいのは誰もがそうであったが、言いかけて途中まで開かれたどの口からもその音が発されることは無かった。
 小泉が率先して、彼女がいつ戻ってきてもいい様にまた和やかな空気を取り戻そうとしているのを、日向はそっと遠くから見守ることしかできなかった。こんな状況であれば、傷心しても尚平静を装って皆と仲良くしようとしていた七篠の後を追って、慰めてやるべきなのかもしれない。だがそこまで深い話をできるほどに日向はまだ、彼女と打ち解けてはいなかったのだ。
 左右田がどうする、という視線を向けてくる。彼もまた今飛び出していった彼女の事が気がかりではあるが、どう行動したものか判断できずにいた。
 女子の方へ視線を向けていた2人の後ろで、突然がたりと椅子を動かす音がした。振り返ってみれば、そこには田中が椅子から立ち上がっていたのだった。

「どうしたんだ?」

「……悲しみと憎しみに支配されそうになる雑種を見過ごしておけば、いずれ禍々しき災厄をもたらす存在に変貌するやもしれん。貴様らがこの危機的状況に気付かず間抜け面を晒しているならば、仕方あるまい。フン、俺様が動いてやろうではないか」

「はァ? 何言ってんだテメー?」

 確かにそうだと日向は考えていた。おそらくこのまま彼女を放っておけば、狛枝をどうにかしかねない。彼女の精神はそんなに強固なものではないはずだ。ふとした瞬間に芯が崩れてしまうこともありえるだろう。そんな考えを持たれる前に何か声をかけるべきだったのだろうが、悲しい事にここにいる誰もが七篠にかける言葉を持ち合わせていなかったのである。
 田中はそのことに不安を感じて彼女を追おうというのだ。しかし彼の言葉をそのまま取れば先の日向の辿り着いた考え通りになるのだが、どこか違和感を捉えずにはいられなかった。

「なあ田中、本当に、未然に次の悲劇を防ぐためだけなのか?」

「ああ。俺様が奴を追おうとする目的はそれだけだ」

 彼はそれだけ言い残してレストランを足早に去っていった。

「アイツさァ……いっつも七篠のこと見てんだよなァ」

 日向と同じく田中の背中に視線を向けていた左右田が、ぶっきらぼうな声でぽつりと呟いた。その意外な事実に日向は驚きを隠せない。

「お、おい! それって、もしかして……?」

「さァな。案外そういううことかもしれねーぜ? あー七篠ちゃんカワイイから密かに狙ってたのによォ……」

 日向の中で何かが繋がった。田中が自分たちよりも先にここで本を読んでいた事。それは彼が七篠に持つ感情が未来への危惧だけではない、もっと情に満ちた何かがあったからなのであろうことを示していた。言われてみれば彼の視線は時たまトランプをしている相手ではなく、別なところに向けられていたように思える。更に左右田の言葉が加わってしまえば、そこから連想される彼の気持ちは明らかであった。
 そのうち2人はここに戻ってくるだろう。例え再び輪の中に入る事が気まずかろうが、彼女はきっと先ほどと同じく和やかにおしゃべりをしたいと望んでいるのだろうから。
 日向はテーブルの上に残された動物図鑑を見て、田中ならば必ず七篠を笑顔で連れ戻してくれるのだろうなと、そんな確信を抱くのだった。



●End.

@2013/10/20

[back]

「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -