夢小説長いの | ナノ



混乱は混沌から生まれるようです


 よくみんなが集う場所、中央の島に位置するレストラン。ここには朝食時や昼食時はもちろん、日が暮れると夕食をとる為に島に住む全員が自然と集まってくる。下に位置するロビーにも集まることは多いが、お腹が空いた時に利用する者がやって来る場所の為、必ず決まった時間に人の姿があるのはレストランの方だった。
 しかし、珍しいことにまだレストラン内には誰の姿も無かった。夕食の時間まで一時間ほどあるせいだろうか。
 中ではなく外の、橙色の日差しに照らされたレストランのテラスには、すっかり落ち込んで撃沈しているななしのの姿があった。一見後姿はテーブルに頬杖をつき、景色を眺めて黄昏ている様に見えるが、回り込んで正面を見ると、仏頂面でどことも言えぬ場所に視線をやって燃え尽きているだけであった。

『まず健康状態から聞きますね。体調は悪くないですか?』

『ハッ! 貴様等の様に軟弱な体しか持たん下等種族と一緒にするな。大気をも手に取るように操れる俺様が“病原体“(ウィルス)に侵されるわけがないだろうッ!』

『いまのところ健康……で合ってます?』

『二度も答えさせるな。そう言っている』

 田中との面接はこんな調子であった。少しでも意味を理解することができた為、前回よりは成長したのかもしれない。ななしのの瞳には微かに希望が宿っていた。
 前回は入室するなり『この空間は既に俺様の支配下にある』や『これ以上近づこうものならば自動結界が発動する』などと言われたものだった。部屋の端に椅子を構えて対面された為、互いに声を張り上げての面接となったのは非常に苦い記憶である。
 今度は上手くやれる、大丈夫だ。自信に満ちた笑みを浮かべて彼女は次の事項へと移るべく口を開いた。

『すっ、すみません。じゃあ次にいきます。えっと、みんなと仲良くできていますか?』

『俺様が求めるのは沈黙と無関心だけだ。凡庸な考えしか持たん下等種族と低俗な会合をする趣味は無い』

『低俗な会合……? 会合なんてした覚えは無いんですけど』

『自覚が無いのは当然だ。高度な魔力を宿す者でなければ、如何に自らが愚かな言語を吐いているのか、知ることすら不可能だからな』

『こーどな魔力?』

『内に秘めたる真なる力を解放せし時、深淵なる暗獄が貴様を誘うだろう! 今はまだ解放の時ではないようだが……』

『しんあいなるあんこ??』

『……オブザーバーよ、俺様を愚弄しているのか?』

 ほんの僅か見えた光は瞬く間に消滅してしまった。やはり何も、わからない。困惑した表情を浮かべて田中を見つめる。ボールペンを握りしめる指先が、行き場を無くして微かに震えていた。
 何度思い出しても嫌になる、田中の言葉を理解できない自分の情けなさ。前回の惨敗具合を反省し、復習したはずなのだが、やはり彼の口から出る単語は難解すぎてついていけなかった。

『我が眷属、破壊神暗黒四天王の餌食となりたいのか!?』

『やめてください! わたしなんか食べても美味しくないから、お腹壊しちゃいますよ!』

『当然だ! 貴様の五臓六腑は眷属の力にて散々にした後、生ゴミと共に滅してやる! この現し世から隔離されし禍々しき大地に立ってから183日の時を経ても尚、未だに魔力を持たざる雑種以下の分際で、我が眷属の破壊神暗黒四天王に食してもらえると思うな!』

 今回も、全くもって何を言っているのかわからないまま面接は終了してしまった。更に付け加えれば前回より酷い有り様で、最後に田中に叱られてしまう始末だった。
 報告書は至って健康という一文以外白紙である。こんな様では職務をこなしていると胸を張って言えるわけがない。それも、二回目となればななしのの自信を喪失させるには充分であった。

「183日って……よく考えたら半年のことかな」

 遠い水平線を見つめながら、田中に言われた言葉を思い返して冷静に分析する。聞いてすぐには翻訳できないものの、こうして幾ばくか時間を置いてみると大まかにだが何を言わんとしていたのか予想することはできる。
 わかっても、もうどうすることもできない。田中を怒らせてしまった事実を覆すことはできないのだ。謝りに行こうか、と思うがそもそも会話にならないことは変わり無いため、更に怒らせてしまうのが関の山だろう。

「ななしのじゃないか。もう来てたんだな……まだ一時間も時間あるのに。そんなに腹が減ってたのか?」

 不意に背後から声がかかった。振り返るとこの島に住む絶望の残党の一人、カムクライズルこと日向創が優しい微笑みを浮かべて立っていた。
 彼は超高校級の希望であり、全ての才能を持つ完璧な人間。そう未来機関からは教えられていた。だがあまりにも天才的であるが故に、無駄なものとして感情を削ぎ落とし、何に対しても誰に対しても何の思いも抱かない人形の様な人物である、とも言われていた。
 しかし、ななしのはいざ島に渡って本人を目の前にすると、今まで聞かされていた話は一体なんだったのかと首を傾げたくなった。実際に会った彼は感情豊かで、怒りもすれば笑いもする、悲しいときは涙を流す。至って普通の人間と変わりなかったからだ。

「ん……お疲れさまです。日向くんこそ、人のこと言えないですよ? 早いですね」

「俺は単純に一人でコテージに居ても暇だったからだよ。……お前は何か、疲れてるみたいだな」

「面接やりましたからね。自分のコテージにいると寝てしまいそうだったから、ここに来てぼーっとしてました」

「確かにここなら寝ても誰かが起こしてくれそうだもんな。夕食を食い逃すことはないってわけか」

「そういうことです。腹が減っては戦はできないのですよ!」

「ははっ、誰と戦うつもりだよ」

 日向はななしのと向かい合わせになる位置の椅子に腰かけた。
 聞いた話とはまるで違う人柄に最初は戸惑ったものの、彼は非常にななしののことを気にかけてくれて、なるべく島の生活に馴染めるよう取り計らってくれている。あらゆる才能を持っているという点は話と合致しており、基本的に彼にできないことはない。とても頼りになる人物である為、ななしのは困り事があるとよく彼に相談している。
 ふと、彼に田中の事を話してみようかと思いつく。前にも一度何を言っているのかわからない件を相談してみたが、まだ来て直ぐだった為にそのうちわかるようになるさと宥められた。
 だが未だにわからないというのは問題なのではないだろうか。

「田中くんと、ですかね……」

「田中と? 変な事をけしかけるのはやめておいた方が良いぞ。収拾つかなくなるだろうからな」

「いえ、そうではなくて」

「あー! ななしのったらここに居たんだー?」

 レストランの中の方から突き抜ける様な甲高い声が響いた。声がした方を見やれば、西園寺を先頭に女子3人――西園寺、小泉、罪木――がこちらを見ていた。目が合うや否やずんずんと近寄ってくる西園寺は、あからさまに不機嫌な顔をしている。
 西園寺はななしのに対してだけ『おねぇ』という敬称を付けない。部外者である彼女を受け入れるつもりは無いという彼女なりの抵抗なのだろうとななしの本人は推測している。
 しかしそれも今となってはあまり意味を成していないようだった。

「せっかくわたしが探してんのにさー、コテージにもいないし面接会場だった旧館にもいないし。かと思ったらこんなとこで日向おにぃとデート? はぁ? 嘗めてんの?」

「デ、デートなんてそんなことしてないです! たまたまここに来る時間が同じくらいだっただけなんですよ」

 確かに、と日向も苦笑いした。

「ふーん。まぁどうでもいいけど。アンタのせいで歩き疲れちゃったじゃん。どうしてくれんの?」

「すみません。後で背中流しますから」

「ホント? わぁーい! ななしのとお風呂で流しっこだー!」

「日寄子ちゃんってばもう……。ごめんね、ななこちゃん。今日は報告書をまとめなきゃいけないでしょ? 時間がないならアタシが代わるよ」

「ありがとう。でも、報告書は今週いっぱいでなんとかすれば大丈夫なので、やらせてください」

 小泉の申し出はありがたかったが、西園寺が自分とお風呂に入ることを喜んでくれている以上、それを誰かに頼むことは避けたかった。どのみち報告書は今夜中に仕上げられそうにないのだから時間を確保しなくともよい。

「あ、あのぉ……ななしのさん」

「はい?」

「そのっ、えとえと……差し出がましいかもしれませんがぁ! そのぉ……随分とお疲れの様に見えまして……大丈夫には見えないのですが……」

 おろおろと罪木は申し訳なさそうに言う。直接触れずとも体調の悪さを診断できるところは、さすが超高校級の保健委員といったところだろう。
 日向にも同じ事を言われたが、そんなに疲れているように見えるのだろうか。ななしの自身としては疲労が無いわけではないが、面接自体は普段彼らと話をしているのと大差ない為、さほど消耗はしていないはずである。もう一仕事できる程度には体力が余っているつもりだった。

「プークスクスッ。わたし知ってるよ、ななしのが疲れてる理由!」

 さも愉快だとでも言うように、嘲りを含んだ口調で西園寺は口元に手を当てて笑った。

「ずっと旧館に籠って面接してればそりゃ疲れるだろ?」

「それもそうなんだろうけどさー……きゃははっ! ねぇコレ、何だかわかるー?」

 いつの間にどこから出したのだろう、西園寺が掲げる手の中には小型の長方形の機械が握られていた。全員がそれに視線を向ける。よく見ればスピーカーが付いており、何かを再生する機械だろうかと思わせる形状をしていた。

「レコーダー……?」

「日向おにぃせいかーい! じゃあこれは何の音かなー?」

 西園寺がもう片方の手でレコーダーの再生スイッチを押す。ざりざりと耳障りなノイズ音と共に、人の声らしき音がスピーカーから流れ出した。

『……す……よろ……おねが……す!』

 音源が小さいせいで全員の耳元に上手く音が届かない。故に正確に内容を把握することはできないものの、しかしこれが誰の声なのか、ということだけは本人以外には明らかであった。

「これってななこちゃんの声、だよね」

「わたしこんな声なんですか?」

「アンタ自分の声も分かんないわけぇ? 小泉おねぇは流石だね! 大正解だよっ」

 ななしのに自分の声を録音して聞く趣味は無いためわからないのは当然だった。普段自らが聞くのは頭蓋骨を伝って響くもののため、違って聞こえてしまうのである。

「でででもぉ……何でななしのさんの声を録音なんてぇ……?」

「アンタは黙って聞いててよゲロブタぁ!」

「すっ、すみませぇん!!」

 一喝された罪木は迷惑にならないようにとみんなの輪から外れ、少し離れてレコーダーを見つめた。

『ま……健康状態か……ね。体調は……るくないですか?』

『ハッ! 貴様……様に軟弱な体しか……下等種族と一緒にするな』

 そこではたと何かに気づいたのはななしのだった。この会話の内容は、どこかで聞いた覚えのあるものだ。直ぐに思い当たる節があったらしい、どこだろうと疑問に思う間もなく、みるみる内に彼女は顔色を青くしていく。

「こ、これってもしかしてまさか……!?」

 ななしのが震える声をあげながら西園寺を見ると、意地の悪そうな笑みを浮かべてようやくわかったか、と視線を返してきた。
 これは、田中との面接中の会話だ。
 恥ずかしいあの状況を記録されていたこと、録音に気づかなかったこと、個人情報を漏らすという組織に勤めている以上絶対にしてはならないことをしてしまった罪悪感。あらゆる感情がななしのの中で一気に渦巻いた。
 一刻も早く回収しなければ。考えるよりも先に彼女は直ぐ様レコーダーに手を伸ばしたのだった。

「日寄子ちゃん、だめっ! それは……っ!」

「おおーっと、返さないよーだっ! せっかく左右田おにぃに頼んで作って貰った超小型高性能盗聴機の受信機なんだから」

 ななしのの手は空を切った。西園寺が回収されまいと、受信機を持つ手を素早く引っ込めたからである。

「なんでそんなことするんですかーっ!?」

「きゃははっ! だってさー、あの中二病男とななしのの会話ったらホントウケるんだもん! たまに話してるの聞くけど、おっかしくって笑い堪えるの大変なんだよ? でさー、面接の時どうなのかなって思って。盗聴してみたんだよ! てへっ」

「てへっ……じゃないです! やめてくださいよー! 返してくださーい!」

「田中おにぃの言葉わかんなくって『あんこ』とか言ってるし、ホントバカみたいな話しててウケるんですけどー。クスクスッ!」

「うぐうっ……。そう聞こえるかもしれませんがっ……お互い至って真剣だったんです」

「はぁ? 本気で言ってんの? ていうかさー、田中おにぃの話に付き合うの大変だったから疲れてるんでしょ?」

「え……」

 大変だった。そうかと聞かれれば肯定せざるを得ない。つい数分前まで彼の言葉がわからないことが悔しくて、落ち込んでいたのだから。大変だったからこそ悩んでいた。そういうことである。

「実はななしのったら田中おにぃの事嫌いなんじゃないのー? 嫌いなやつと話しすると疲れるよねー」

「っそれは……!」

「おい西園寺、その辺にしておけ」

 いつの間に回り込んだのか、西園寺の後ろには日向が立っていた。そして彼女の手中にあった受信機は彼の手の中に収まっている。要するに、取り上げられてしまったのだ。
 遊び道具を奪われた西園寺は返してよと泣き喚いて日向に縋った。当然返してもらえる訳は無く、左右田には悪いがと日向は受信機を両手で二つに折ってしまうのだった。
 ななしのは目の前で騒ぎ立てる二人の様子を、動くことなく難しい顔をして見つめていた。西園寺が更に五月蝿く泣き喚く。それを小泉が宥める。罪木はどうしたらいいのかわからず全員の顔に目をやってはひたすら戸惑っている。
 混沌とする状況の中、彼女が頭の中で思考していることはたった一人の人物についてだった。

「わたしは……」

 田中のことが、嫌いなのか。西園寺に聞かれたときに咄嗟に何も言う事ができなかった。しかし、答えは決してイエスではない。もしそうであるのならばこんなにも彼について悩んだりはしないはずである。
 ならば、何だというのだろうか。

「……あのですね、日寄子ちゃん!」

「グスッ……なにさ?」

 もうどうでもいいが聞くだけは聞いてやるとばかりに西園寺はななしのを睨みつけた。

「田中くんの事、嫌いじゃないです」

「はぁ?」

 目の前にいる西園寺と、ここにいる全員に誤解しないでもらいたい。そんな思いを抱えたまま懸命に言葉を選んで紡ごうとした為、ななしのは気づかなかったのだろう。ロビーから階段を上がってくる足音に。

「好きとか嫌いとかそういう表現で表せるものではなくて……ただ、もっと田中くんの事を知りたい、そう思ってるんですよ!」

「……一体何の話をしている?」

 急に耳に届いた低い声に、ななしのは体を固まらせた。と同時にその声の主が居るであろう方向に全員が視線を向ける。
 ロビーに繋がる階段がある場所。そこには階段を上りきり、レストランの床に足をつけななしのに困惑の眼差しを向ける田中の姿があったのだった。



●つづく。

@2016/10/27
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