夢小説長いの | ナノ



04


 誰かの企みが密かに進行していることもなく、それを阻止しようと動く者もいない平和なパーティーは、澪田と西園寺により鳴らされた大きなクラッカーの音で幕を開けた。途端に会場は賑やかで楽しげな声に溢れていく。
 花村の用意してくれた料理を食べた者はそれぞれに感嘆の声を上げた。終里などは感涙の涙を流しながら次々に肉や魚を口に入れている。料理の感想を言っているのだが最早誰も聞き取れないほど、その口にはたくさんの食べ物が詰められていた。この時をどれほど待ち兼ねていたのか、彼女の様子を見れば一目瞭然である。
 このパーティーを心から楽しんでいるのはもちろん彼女だけではない。島に集められた生徒全員が、コロシアイのことなど忘れて和気藹々と料理やお喋りに夢中になっていたのだった。
 これこそが本来の修学旅行の有るべき姿だ。くじ引きを阻止する事で満足のいく結果が得られたらしいななしのは、それでは自分もと料理の乗せられたテーブルへ近づいていく。オムライスや寿司など、和洋折衷色取り取りに並べられた数々の品に目移りさせながら、まずはサラダだと取り皿を持ち置かれているトングに手を伸ばした。

「あ」

 彼女の伸ばした手と横から伸びてきた誰かの手が重なる。視線を上に向ければ狛枝と目が合った。

「おっと、ごめんね。先に使っていいよ。こういう時は女性を優先させるのが紳士たる者の務めだもんね」

「ありがとう。良かったら狛枝くんの分も取ろっか?」

「あはは、それはありがたいな。じゃあお言葉に甘えて」

 自分の皿はテーブルの上に一旦置き、彼の皿を先に盛りつけようとそれを受け取る。綺麗に盛られたレタスやトマトたちをトングで適当に摘まむと皿の上に乗せて狛枝に渡した。

「ありがとう。……てっきりキミには嫌われているものだと思っていたから、少し意外だったよ」

「嫌って……!? そんなことないよ!」

「最初に会った時、ボクの顔を見て逃げたように感じたからさ……。あんな一目散に走り出されたら、さすがのボクでも傷ついちゃったよ? けどこんな汚物を見てしまったら逃げ出したくなる気持ちもわからなくないけどね、はは」

 狛枝は皿の上にあるトマトとレタスを重ねて一気にフォークで貫く。そしてそれを口の中に入れると、これはたまらないといった様子で満面の笑みを浮かべ口内で味を噛みしめるのだった。

「あれはその、気が動転してて……。悪い夢を見てて、目を開けたらいきなり人の顔があったからびっくりしちゃっただけなのっ! 嫌な思いさせてごめんね。狛枝くんを嫌うなんてことないから安心して」

 目指すもの、求めるものが違えどななしのは彼に嫌悪の感情を抱いたことは無い。ただ理解し難い、得体の知れない者だという印象は希望ヶ峰学園にいた時からどうにも拭えないものだった。実際、彼が何を考えているのか今この時ですら、誰にも計り知れないのである。
 それ以上の追及を恐れ、この会話を終わらせようとななしのもまた自身の口の中にサラダを詰め込んだ。前菜で既にメインディッシュのような満足感を与えるが、それでいてさらなる食欲をそそるあっさりとした味わいである。
 花村の料理は何度か口にしているが、やはり毎回この時だけは何もかもを忘れて料理の味を楽しんでしまう。それほどまでに彼の料理は美味しいのである。いろいろと考えなければいけない事が山積みのななしのだが、今だけは至福の時に身を投じるのだった。

「おっ、おいしい……! 前菜から既にこの美味しさ、さすが超高校級の料理人。こんな料理を食べられるだなんて幸せだね、狛枝くんっ」

「うん……まあ、そうだね。ボクには勿体無いくらいとっても美味しいよ。……けど、ボクが望んでるのはこういうことじゃなくて……はあ」

 頬が落ちてしまいそうになるくらいの料理を食べながら、狛枝は物憂げに溜息を吐いた。言いたいことはななしのだけが知っている。彼の中に眠り、目覚めるタイミングを失ってしまい歯がゆい思いをしている悪魔。ななしのはそれを呼び起こしたりしないよう、何も聞こえなかったかのように彼に美味しそうなハンバーグを勧めるのだった。
 一頻り料理を楽みお腹がいっぱいになった後会場を見渡していると、どことなく不自然な行動をしている人物が目に留まった。よくよく観察してみれば、その人はこのパーティーを楽しむどころでない落ち着かない様子で、床ばかりに視線を巡らせているのだった。

「おのれッ……! 一体何処へ消え失せたというのだ……!?」

「何してるの、田中くん?」

「誰かと思えば愚鈍な雌猫ではないか。……俺様には近づくなと言っただろう」

「だって何かを捜してるみたいだったから……。ね、良かったらわたしも手伝おうか?」

「フン、断る。あれは貴様如きに見つけられる代物ではない。身の程を知れ、魔力を持たぬ下等な生き物がッ! ククク……そうだな。貴様の手など借りずとも、俺様の魔力を以ってすれば失せ物の捜索など容易いということを証明してやろう。魔犬のイヤリングよ……我が呼び掛けに答えるがいいッ!」

 田中が左腕を押さえながら渾身の力を込めたかのように叫ぶ。だが、数秒待っても何も起きない。皆の談笑だけが2人の耳に届く音の全てだった。

「クッ……、これでもダメだと言うのか……ッ!」

「うーんと……、つまり田中くんは落としたイヤリングを捜してるってことだよね?」

「″魔犬のイヤリング″だ! 只ならぬ魔力を秘めた術具……あれが無ければ世界は忽ち凍てつく闇に支配されてしまうだろう。俺様はともかく、結界を張ることもできん種族共は駆逐されてしまうのだぞ? 阿鼻叫喚の地獄絵図になるのが関の山だ。しかし俺様はそんなことは望んでいない……早くしなければ、手遅れになる……ッ!」

 何としてもイヤリングを見つけなければ気が済まないらしい彼は、最早料理に手を付けることは諦めているようだった。目の前にある、他では絶対に味わえない食べ物よりも彼にとってはそれを見つけることが大事らしい。彼の優先順位には共感できないななしのであったが、以前に現実でイヤリングについて詳しく聞いていたため一生懸命に捜す彼の気持ちはわからなくもなかった。
 ここで彼を放置したところで、おそらく運命は大きく変わらないだろう。1周目でも2周目でも、ななしのはこの件に関して全く関わっていなかった。そもそもいつ彼がイヤリングについて騒いでいたのかすら知らない。自分がやらなくとも七海が彼の手助けをしていたように彼女は記憶している。それに事件が起きた訳でもないため、わざわざ面倒に自分から入り込んでいく必要も無いのだった。
 だが、どうしてか狼狽した様子を見せる彼を放っておくことができない。どうやら彼女は、明らかに困っている人を放っておけない性分であるらしい。
 イヤリングがどこにあるのか知っている彼女は、自然を装って彼を誘導するべく考える。しかしそんな時、日向が大量のホットケーキが乗った皿を片手に現れた。溢れんばかりのそれは山積みになり今にも崩れそうである。

「ななしの、田中、このホットケーキ食べないか? 澪田が盛ってくれるというから頼んだんだが、どこまで積めるか挑戦されてしまってさ。……って、難しい顔してるな。どうかしたのか?」

「田中くんがイヤリ……″魔犬のイヤリング″を落したんだって」

「なんだそれ?」

「フッ、フハハハッ! 貴様らがそこまでイヤリングの所以を聞きたいというのならば話してやっても構わん。……かつて、ある国に契約者にすら懐かない、魔犬と恐れられた野獣がいた……」

 田中が語る話を、日向とななしのはホットケーキを食べながら聞いていた。その美味しさに手を止めることができずみるみるうちに山は崩れていく。しかし田中も一口ぐらい食べたかったのか話しが終わりに近づくと、無くなりかけているホットケーキの乗った皿に視線を向けるようになっていた。夢中で食べていたななしのはそのことに気づき手を止める。

「そんな逸話があったんだね。あ、田中くんもホットケーキ食べる?」

「くッ……!? い、要らん! 俺様が人間共の食べ物を口にするのは、″魔犬のイヤリング″が無事この手に戻った時だ……」

 しかし彼はイヤリング捜しでほとんど何も口にしていないのである。彼のお腹は正直で、そのことを伝えるべく小さく悲鳴を上げていた。食材は多量に有るとは言えど、終里たちに食い尽くされてしまうかもしれない。イヤリングが見つかる頃にはホットケーキも無くなっているかもしれないのだ。
 それでも断固として彼はななしのの差し出すホットケーキを食べようとはしなかった。彼のプライドがどうしても許さないらしい。
 ななしのは彼に拒否されたホットケーキを自分の口に運ぶ。メイプルシロップも自作らしく、バターと濃厚に溶け合ったそれは甘ったるく彼女の口の中に広がるのだった。皿の上に残ったのは、あと一枚だけだ。

「それだけどさ、床下なんかに落ちてたりするんじゃないか? 端の方には絨毯も敷かれていないから、隙間から落ちたなんてことも有り得そうだぞ」

「カッカッカ! そういう事か! まったく味な真似を……ッ!」

 日向の助言にどこかぴんと来たらしい彼は、倒れ込む様に床へ顔を近づけそこにある隙間から床下を覗き込んだ。そしてお陰さまで彼の望むものは見つかったらしい。高笑いし身を起こした。

「で、どうやって取る気なんだ?」

「それは俺様がするべき質問だ。しかし貴様の口からその言葉が出てくるということは、無策……という訳か。チッ、貴様らなど頼りにならん。いいだろう、1人でなんとかするまでよ。さーて、ちょっくら世界でも救うか」

「待って田中くん、わたしも一緒に」

「きッ、貴様など足手まといだッ! 雌猫の手など借りんと言っただろう! 絶対に……後を追ってきてはならんぞ。……ではな」

 田中はそう言い残して会場を後にしてしまった。彼が出て行くことを十神は止めようとしていたが、理由を話し、もう一度ボディチェックを受けることでここから抜けることを許可してくれた。
 残されたのは複雑な気持ちにさせられたななしのである。どこか、この周回の彼は厳しいように感じるのだ。優しかったのは最初の空港の時だけである。

「わたし、田中くんに嫌われてるのかな……」

「は?」

「だって何を言っても拒絶的な態度取られるの。しつこく話しかけてきて鬱陶しいって思われてたらどうしよう!?」

 周回の中であんな態度を取られたことは無かった。それなりに返答はしてくれていたし、手伝おうかと聞けば勝手にしろと言われ、少なくともこんなにはっきりと協力を拒否されることはなかったのである。

「確かにあいつはお前に対して素っ気なかったけど、たぶんそれは……お前の勘違いだと思う」

「えっ、なんで!? 今だって念入りについてくるなって言われちゃったよ?」

「うっ……それは、だな。えーと……」

 なかなか話し出そうとしない日向の次の言葉を待ち、ななしのは期待の眼差しを向ける。しかしそんな彼女の持っていたホットケーキの乗った皿が、不意に誰かによって奪い取られた。

「あはは。彼、なかなか正直じゃないね。……うん、これも美味しいな」

 ななしのが振り向くと、そこには既にホットケーキをフォークに刺して食している狛枝の姿が合った。

「あっれ、それわたしと日向くんのっ」

「ご馳走さま。まだおかわりはあるから取ってくるといいよ。あ、さっきのお礼にボクが取ってきてあげるね」

 ならば奪い取らなくともよかっただろうにと、不機嫌に頬を膨らませたななしのを見て狛枝は飄々と笑った。しかし今は狛枝のそんな態度は彼女にとってすぐにどうでもよくなり、むしろ彼の言葉の方が気になってしまうのだった。

「……田中くんが正直じゃないって、どういうこと?」

「うーん、それなんだけどさ……えっと、日向クン?」

「やめとけ。俺もいまいち断定できない。あいつはまだよく掴めないやつだからな」

「それって、え? え? なに、何なの……?」

「はは、まあ思春期の男の子にはよくあることだよ。彼、ななしのさんに話しかけられて嬉しいって……さ」

 納得できない濁し方をされたななしのは小首を傾げて再度2人に問いかけた。しかしどうしてか、どちらも苦笑いしながら彼女の納得できないような答えしか返してくれないのである。
 問いかけることを諦めて拗ねた様子で2人から離れると、気を取り直しまだ料理が残るテーブルへと向かう。そこで西園寺が勧めてくれたオムライスに手をつけ口へ運んだ。
 極上に美味しいはずのそれは、彼女の気を完全に紛らわせてくれることは無く、胸につっかえた何かは胃液で消化されることはなかった。



@2013/12/1
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