夢小説長いの | ナノ



03


 どうしてこうなってしまったのか。ななしのはまたもや困惑していた。旧館で皆と十神の言い出したパーティーの準備をしていたのだが、テーブルを拭くよう指示されていた彼女の元に罪木がやってきたのだった。
 罪木も仕事を任されていたはずであったが、それはもう終わったと彼女は言う。終わったというよりも、彼女が手を出すとドジっ娘の才能を発揮し全てをひっくり返してしまうため大人しくしてていいよ、と厄介払いされただけであったのだが。彼女自身には皆の作業を手伝う気があるため、行く当てとなればと考えたのがななしのの所だったらしい。真っ先に嬉しそうな顔をしてここに来たのだった。
 ななしのとて手伝ってくれるというのであれば拒否する理由などない。しかし彼女はテーブル拭きをしつつ至近距離でうっとりとした眼差しを向けてくるのである。作業に集中できないことこの上ない。

「えっと……ですねぇ。あの……ななしのさんはぁ、どんな包帯が好きなんですかぁ? あ、ご、ごめんなさいぃ……! 迷惑、でしたよねぇ……! でっ、でもぉ、ななしのさんがもし怪我してしまったら何から何まで、私がしっかりお世話しますから……知っておきたいんですぅ」

 常にあらゆる人に怯え、自分から話しかけることができない彼女がななしのに固執してここまで話しかけてくるようになったのは、自由行動の時間の使い道にあった。
 事の詳細は至って単純明快であり、ななしのがつい罪木に構い過ぎただけの話である。近くにたまたま彼女がいたため無視するのも憚られ、声をかけ続けた結果がこれだ。すっかり懐かれてしまったものの、罪木のは何の悪意もない。少々度が過ぎる付き纏いっぷりであったが、左右田のソニアへの行為と同じことかと考えると無下にすることもできないのだった。

「あ、ありがとう。その時は頼りにしてるから、ぜひ看病してね。でもわたしそんなに包帯には詳しくないから……罪木ちゃんのおススメ教えて欲しいな」

「はわぁ!? わた、私のですかぁ? ……えへへっ、えっとですねぇ。今はいろんな種類がありますけど、特におススメなのは非伸縮性のものですぅ。締め付け過ぎずしっかり固定できるんですよ! って、私ばかりお話してしまってすみませぇん……! き、嫌わないでくださぁい!」

「嫌ったりしないよ!? むしろ罪木ちゃんのことちょっとずつ知れて嬉しいから、な、泣かないでぇぇぇ」

 お喋りもほどほどにしなくてはと、ななしのが微かに罪木から視線を外した途端に彼女は泣きだしてしまった。こんな状況でななしのがテーブル拭きの作業に集中などできるはずもなく、いつの間にか罪木を宥めることが主になってしまっていた。こんなところを十神に見られでもしたら怒鳴られてしまうのは必至だが、幸か不幸かここに彼の姿はなかった。毒味係だと言っていたためおそらく厨房の方にいるのだろう。
 しかし十神はいなくとも、このパーティーの準備会場にいるのは2人だけではないのだった。同じ場所で澪田と小泉と一緒に装飾品の係に当たっていた日向が、ななしのの様子を気にかけているらしく横目で幾度か視線を向けている。そのことにななしの自身は全く気づいていないようであったが。

(ななしの……大変そうだな)

 罪木が悪気なく彼女に接していることはわかるのだが、あれでは作業が進まない。ななしののはっきりと言えない性格も悪いが、強く言うと罪木が泣きだしてしまうことも知っているため彼女の気持ちもわからなくはない。どうにか上手く2人を離す事はできないだろうかと日向はしばし考える。
 一人を除き、全員が平等に十神の計画したパーティーの準備に協力しているのだ。このまま放っておけば、テーブル拭きという単純作業なのにまだ終わっていないのかとそのうちどこからか野次が飛ぶかもしれない。せっかくコロシアイ修学旅行を宣告されてから纏まりかけていた皆が、些細なことで言い争ってしまう事態になることは避けたかった。
 それにこの状況は日向にとってななしのに声をかけられるいい機会でもあった。ななしのと2人きりで少々話したいことがあったのである。ほんの僅かな、些細な疑問であったが確かめるならば早いに越したことはない。今この機会を利用してうまくやれば彼女からその答えを聞き出せるだろう。
 装飾に使う折り紙を切る作業を区切りのいいところで終え、小泉に少し場を離れることを伝えるとななしのの元へ向かう。彼女も2人のことを気にかけていたらしく、日向が何をしようとしているのかをすぐに察し、軽く二つ返事で許可してくれたのだった。

「えへへっ、じゃあその時は私がお注射してあげますから、遠慮なく言ってくださいね。ななしのさんの柔らかそうな腕に、お腹に、太ももにお注射……はふぅ……考えただけでワクワクしちゃいますぅ!」

「できれば最初は内服薬とかの方で様子見て欲しいな……! いきなりぶっ刺されるとかちょっと勘弁してください。痛いの怖いよぉぉ」

「大丈夫ですよぉ。こう見えても注射は得意なんです。痛くないように上手にしますから……安心してください、ね?」

「はぁ……? お前ら一体何の話をしてるんだ」

 罪木との少しずれた会話に狼狽えているななしのの後ろから、呆れたような顔で日向が姿を現し声をかけてきた。

「ひっ、日向さぁん。あのぉ、私何か悪いことしましたでしょうかぁ……」

 苦笑いの日向の顔を見て罪木は怯えている。相手の顔色を窺うことに長けていると自分で言うほどの者であるのだから、彼女には腹の内を悟られないうちに提案しなければならない。

「いや、してないから安心しろ。それより、ななしのに頼みたい作業があってさ。その間……悪いが罪木、お前にななしのの作業を代わりにやってもらいたいんだ。頼めるか?」

「え……十神くんからそういう指示が出たの?」

 そんな話は聞いていないとななしのは日向に訝しげな顔を向ける。彼の意図がいまいち飲み込めないらしい。

「……まあ、そんなところだ。で、どうだ罪木? お前ならテーブル拭きくらい余裕だろ」

「わ、わかりましたぁ……。ななしのさんの代わりに精一杯、が、頑張りますぅ! ……後でまた、お話してくださいねぇ……!」

「うん、またね。任せちゃって悪いけど、あとはよろしくっ、罪木ちゃん」

 そう言って彼女は日向に連れられるままパーティー準備会場を後にするのだった。2人が会場の扉を出ていく姿を見て小泉が何か言いたげな視線を向けてきたが、日向はその視線に気づくと軽く頭を下げて済ましてしまうのだった。
 後に残されたのは溜息を吐く小泉とその横で謎の芸術作品を作っている澪田と、ななしのの代わりにと張り切ってテーブルを拭く罪木だけだった。

 てっきり十神がいるだろう厨房の方で何か用があるのかと思っていたななしのは、前を行く日向が旧館から出てマーケットの方に向かう、と言ったのを聞いて不自然さを感じていた。
 確かにマーケットに行って食材やら何やらを運ぶ係もいたはずだが、それはとうに弐大と終里が済ましてくれていたはずである。その後は会場に椅子が無いと愚痴を零す西園寺の一声で、その制作に当たってくれているはずだ。
 まだ追加の何かがあるというのだろうか。それについて聞いても、日向は着いてから説明するとしか答えてくれない。何を言っても適当に相槌を打たれ会話は途切れてしまう。足早に歩く日向にただ黙ってついていくことしかできなかった。

(まさか日向くんがここでわたしを殺す……なんてことは無い、よね?)

 彼は最後まで人を殺めることをしないメンバーの一人である。そのためまさかこんなところで自分をどうこうするのではないか、などとも思えない。けれども予想外のことが有り得る世界だ。ここは警戒しておいた方がいいのではないかと、彼女は彼を疑うべきか信じるべきか判断に迷うのだった。
 あれこれと思考を巡らせている内にマーケットに着いてしまった。自動ドアをくぐった先にあるのは所狭しと様々な商品が陳列された棚、盾に使えそうな大きなサーフボード、奇妙なものが多い自動販売機などと、様々なものだ。入口から見る限りでは気づかないが、どこかに凶器になり得る様なものも置いてあるだろう。無いのは人の姿だけだった。

「ここで何すればいいの? お菓子いっぱい持ってけば日寄子ちゃん喜ぶかなー。それとも飲み物足りなかったっけ?」

 一向に背を向けたまま何も話し出さない日向は、彼女の言葉に答えることなく素早くマーケット内の隅々を見回しここに誰もいないことを確認しているようだった。その行動を見たななしのは、やはり警戒しなければいけないと危機感を抱き即座に身を守るために役立ちそうなものを探す。

「……悪い。実は十神に役割を与えられたなんてのは嘘でさ……って、そんなとこで何やってるんだよ?」

「ふぎゃあ!? そ、そっから近づかないでね? ひ、日向くんたらわたしをこんなとこに連れ込んで、2人きりで……一体どういうつもりなの!?」

 サーフボードの陰に隠れて日向の様子を窺う。何もしないよりはマシだと思って咄嗟に取った行動であった。
 しかし日向は警戒心を今更になって露わにし、尚且つそんなことをする必要もないのに怯えている彼女の姿に思わず笑みを零してしまう。

「そんな構えないでくれよ。お前に聞きたいことがあっただけで、俺は何もしないからさ」

「……そう? ……うん、信じてもいい、かな。……まさか日向くんがコロシアイするとは思えないし」

 彼女のその言葉に日向は抱いていた疑問と同じものを感じた。あっさりと警戒を解いた彼女はゆっくりとサーフボードの陰から出てくる。その行動も日向の疑問を更に色濃くさせていき、導き出していた一つの仮定を強固なものにさせていたのだった。

「なあ、お前ってひょっとして……ここに来る前から俺のことを知ってたんじゃないか?」

 日向が疑問を口にした瞬間、普段はぼんやりおぼろげな表情ばかり浮かべているななしのの顔つきが、変わった。

「え……どうしてそう思うの?」

「覚えていないかもしれないけど、海岸に倒れていたお前に呼びかけていた時、俺の声を聞いて『日向くん』って……確かにお前はそう言ってたんだ」

 しまったと、ななしのは海岸で声をかけられていた時のことを思い出していた。はっきりとした意識は無かったためうろ覚えではあるが、そんなことを口にしたような記憶が無いことも無い。もう終わったと思ったはずの自分の耳が聞き覚えのある声を捉えてしまったため、おそらく助けを求めるかのように無意識に名前を呟いてしまったのだろう。

「……聞き間違いじゃないかな。わたしの意識はきっとまだ曖昧だっただろうし、もしかしたら日向ぼっこしたいなぁとか……そんな感じだったんじゃない?」

「間違いない。確かに俺の名前だった。なあ、知ってるなら教えてくれよ。俺がどんな超高校級の才能の持ち主なのか、お前の知ってる俺が一体どういうものなのかを……! 俺は何も、何も知らないんだ!」

 感情のままに日向はななしのの肩を掴む。これが唯一の自分を知る手がかりだと決して逃さないように、強い力で。
 何も覚えてないということはどういうことなのかななしのにはわからない。自分の才能をきちんと覚えている皆ならまだしも、日向は希望ヶ峰に入った理由すら覚えていないのだ。その事実の、自分が何者なのかはっきりしないという事がどういうことなのか、どれだけ不安なことなのか、それは何もかもを知っているななしのの知り及ぶところではない。
 だから何もかけるべき言葉が出てこないのだ。ただの虚偽に塗れた心ない言葉で、唯一の自分を知る方法だと必死に縋る彼の心を抑え込むことはななしのにはできないのだった。下唇を噛んで、彼の眼差しに耐えることしかできない。

「なあ、なんとか言えよ……! 頼む……何か、何でもいいから知ってるなら教えてくれ!」

「落ち着いて、日向く……い、痛いからさっ。申し訳ないけど、わたしは日向くんの期待に応えられるような情報なんて持ってないし……」

 苦痛に顔を歪めるななしのを見て、日向は自分が感情的になってしまい不安な気持ちを彼女にぶつけてしまっていたと気づく。そんなことをしても彼女が怯えてしまうだけであるのに、何をやっているのだろうかと反省し彼女の肩から手を離した。

「ごめんな、悪かった。ななしの、お前は……何を知ってるんだ? さっきだって、狛枝の主張を止めて十神の言うパーティーの準備を皆でやろうって意見を絶対に曲げなかっただろ? まるでくじ引きになるとまずいみたいに、焦った様子でさ」

「それはほら、くじだとわたしの運の無さが発揮されて、一人で準備する羽目になっちゃうかもーなんて、ずるい考えしたからで……。みんなを巻き込んじゃって悪いなあとは思ってるよ。ごめんね」

 辻褄が合わないことも無いが、本当の理由はもちろん違った。狛枝に犯行の準備をさせたり、花村がそれを目撃したりしないようにするためである。この下準備さえ無ければ第一の悲劇は起きずに済むのだ。この方法によってコロシアイを回避することは、既に2週目で実装済みのななしのだからこそできたことである。何も知らなければ皆でくじを引いて、悲劇が繰り返されていた事であろう。

「そうなのか……? まあ、一人に任せるのは流石に申し訳ないしこれでいいと思ってるけどな。準備も、なかなか楽しいしさ。まるで……普通の高校の修学旅行みたいだ」

「誰かが誰かを殺そうなんて思わない限り、ずっとずっと、いつまでも普通の修学旅行と変わらないよ。みんなで生きてここから出ようって、全員が思い続ける限り」

 ななしのはここではないどこかを見るような瞳で日向から視線を外した。彼女が見つめるその先には何も無い。自動ドア越しに夕焼けに染まる空が僅かに見えるだけだ。

「ね、そろそろパーティーの準備も終わるだろうし帰らない?」

「ああ……。なあ、本当に俺のことは知らないのか?」

「……ごめんなさい。わからないの、日向くんのことは、本当に」

 縋るような声と視線に胸が痛む。ななしのも、話せるものであるのならば話してやりたい。危うく彼女は答えてしまいそうになるが、喉元まで出かかったそれを唾液と共に飲み込んで堪える。
 実は日向のことは本当に何も知らないのである。資料として、絶望の残党としての彼を知ってはいるものの、予備学科にいた頃の彼がどんな人間であったのか、何が好きで何が嫌いでどんな時にどんな顔をするのか、ななしのは知らないのだ。彼女には予備学科との関わりが無く、彼の存在など微塵も知らなかった。そして彼が超高校級の才能を持った時、その姿は変わり果てて今ここにいる日向創という人間の影も形もない、絶望的存在となっていた。
 故に知っているのは名前ぐらいのものである。そしてこの3周の間に見た表情や聞いた言葉、電子信号によって無かったことにされた、共に過ごした思い出。その程度だった。

「……本当に、ごめんね」

「こっちこそ、変なこと聞いて悪かったよ。けど何か些細なことでも良いからさ、思い出したら教えてくれ、な」

「わかった」

 思い出したところで言えるわけがない。彼に関わることは全部、この状況に陥ってしまったことに繋がってしまうのだから、モノクマによって口止めされてしまうことが目に見えているのだ。また、言ったところで証拠が無いのだから、狂っている、そんなのは虚言だとなどと頭のおかしい人物扱いされ、発言の信用性を失ってしまうのがオチだろう。そうでないかもしれないという可能性にも賭けたかったが、時期尚早ではないかと、彼女はまだその決断に至れる勇気を持ち合わせてはいないのだった。
 手ぶらで帰るのは怪しまれると思いクラッカーやお面などを持ち、日向と共に旧館に帰った。皆でやればあっという間だったらしい。まだ夕方にさしかかったばかりだというのに、すっかりパーティの準備は終わっていた。
 罪木はというとテーブル拭きを任せてきたはずだったが、何故か衣服を汚していた。布巾と間違えて自分の服で拭いてしまっていたらしい。可哀相に思った小泉とななしのが泣きじゃくる彼女の服を洗うことになり、その間彼女はタオルケットに包まり何度も謝罪の言葉を繰り返すのだった。



@2013/11/27
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