● 02
空港内にゆっくりと入って来た人物を見て、女の子だ、と左右田は目を輝かせた。
その視線の先にあるななしのにとっては初対面ではなかったが、彼にとってはそうである。ここで自己紹介を交わすことはもう四度目となる繰り返されてきた作業的なものであったが、やはり相手と自分の認識が食い違っているということは慣れない現象だった。
勢いよく話しかけてくる左右田に対してななしのは少々驚いたらしい。目を見開いて歩みを止めてしまっていた。
「おおおおっ! こんなカワイイ子もいるなんてツイてるぜ! なあなあ、オレは左右田和一っつーんだ。超高校級のメカニックってワケでヨロシクな! って、あれ? 教室じゃ見なかった気がすんだけどよォ……」
「わたし、遅刻してきたんです。だからみんなとは別の方法でここに連れてこられたみたい」
「へー。ま、オレたちと同じ生徒ってことに変わりはないんだろ?」
「うん、わたしも超高校級の凡人っていう能力で入学したわけだから」
「凡人!? なんだそんな才能で入れんのかよ!?」
「幸運が許されるくらいだからアリなんじゃないかな。……なーんて言ったら何でもアリな気がするけどね。超高校級のお馬鹿さんとかでも入れちゃうんじゃない?」
「おいおい……せっかく入学しても馬鹿じゃどうにもなんねーだろ。馬鹿でも極めれば才能とか、んな冗談はカンベンだぜ、はははっ」
軽く自己紹介を交わすと、みんなにまだ挨拶をしきっていない彼女は左右田にまた後でゆっくり話そうねと言って別れ、奥へと進む。彼は細かいことを気にしないためとても話しやすく、彼女の心を穏やかに緩やかに解きほぐしてくれていた。荒んでいた胸の奥が元通りに修復されていくような感覚に、自然と彼女の表情も柔らかになっていた。
しかしその次に挨拶をしようと声をかけるべき人物は、一癖も二癖も兼ね備えた、いわゆる一筋縄ではいかない人物である。まだ前回の記憶が新しく頭に残っている彼女は、その人と話をする心の準備ができていなかった。早くも順番を間違えてしまったかもしれないと後悔するが、ここに来て彼に声をかけないわけにもいかない。
ロビーの椅子に座りハムスターと戯れている、異様な風体をした人物に向かって声をかけることにした。
「あの……っ!」
ななしのにたった今気づいた、という素振りで不敵に笑うのは、田中であった。実は先ほどからいつ声をかけられるかと密かに心待ちにしていたのだが、そんな様子は一切見せることなく彼は自然を装ってハムスターを自身のマフラー内へと収める。そして仕方ない、というように彼女に視線を合わせるのであった。
「待て、それ以上俺様に近づくなッ! そう、その位置で止まれ。さもなくば俺様の全身を駆け巡る毒が、貴様の骨や肉を融かし灰塵へと帰させることだろう」
「は、はいっ! わかりましたっ! ……わたしはですね」
「フッ……名ならば先ほどそこの男としていた″会話″(ノイズ)が耳に痛いほど聞こえていたからな。既に承知している。凡人であることが才能、と言っていたか……。ククク……実に、くだらんな。この″超高校級の飼育委員″と呼ばれる魔獣使いの俺様にとっては、殺す価値も無い程の無能ッ! せいぜい俺様を怒らせんよう、気をつけることだ……」
相変わらずの長い自己紹介だと、ななしのは苦笑いする。流暢に喋りつづける彼を見ながら、彼女は田中に抱きついてしまっていたことを思い出していた。記憶にそれが残っているからこそ、彼と話をすることに躊躇っていたのだ。彼がそういった行為に弱いというのは1周目で知っていたためあの時彼女は咄嗟にそれを利用してしまったわけだが、彼女にしては思い切った大胆な行動であった。
そのため今更になって羞恥の念が彼女を襲う。自分ではそんなつもりはないのだが、彼と目を合わせているといつのまにか顔に血が昇っていってしまうのだ。鎮まれと気持ちに命を出してもなかなか熱は引いていかない。
そのことばかりに気を取られていてうっかり忘れそうになっていたが、まだ彼は自身の名を口にしていなかった。しかし、自己紹介は全て終わったとでも言うように彼は怪しく笑っている。
「名前……は?」
彼の表情が不意を衝かれたかのように一瞬崩れる。どうやら大事なことを言い忘れていたことに彼女に言われてから気づいたらしい。動揺する彼の顔は彼女にとって珍しいものであり、少し意外な印象を受けた。
「ほ、ほう、我が名を聞きたいというのか。ククク……貴様が恐れ戦くかと思い敢えて秘めていたのだが、聞きたいと泣いて媚びるのであれば教えてやろう。俺様は田中眼蛇夢……。覚えておくがいい。いずれ、世界のすべてを支配する男の名だ」
「あはは、すごく強そうな名前だね。よろしく、田中くん」
「よろしく、か。フッ……まあ、いいだろう。……しかし貴様、顔に″熱素粒子″(フレイム・エレメント)が灯っているようだが、外気に熱せられたからか?」
「い、いや、そうじゃなくて……。なんでもないの、緊張してるだけでっ」
必死に頬の赤味を隠そうと両の手で押さえる。熱い。空港は冷房がかかっていて涼しいはずであるのに、そこだけはどうしようとも熱が冷めないのだった。
「フン、どこかに治癒の術の使い手がいたはずだ。自身の様態が気になるようであればそやつに当たるといいだろう」
彼はそれだけ言うともう話す事は無いとでも言うように、マフラー内からハムスターを出して戯れ始めるのだった。
ななしのはあまり田中という人物と話をしたことはなかった。学園に居た頃でもそこそこ話すものの、決して仲が良いとまで言える関係にはなっていなかった。彼の言動が彼女の理解の範疇を大きく超えていたからである。
しかし周回を繰り返す事によって、ようやく普通に会話できるまで彼の言葉の意味を知ることができるようになったのである。また、他人を突き放す言い方がきつく感じるところが苦手だったのだが、それにもすっかり慣れてしまった。そのために今こうして普通の会話ができているのである。
彼に対してもそうであるが、他のクラスメイト達の知らない面を幾つも垣間見れるという点については、案外繰り返しも悪くないのかもしれないとななしのは思うのだった。
「……心配してくれたんだね。ありがとう」
「なッ……!? フンッ、礼など不要だ。……どういたしまして」
第一印象というのは大事なものだ。様々に形や言葉を変えて接してみると意外なことがわかるかもしれない。作業的に思えていたものが楽しく思え、さて次はどこに行こうかとななしのは足取り軽く空港を出るのだった。
@2013/11/24
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