夢小説長いの | ナノ



お手紙が届きました。


 どこからどう見ても威厳と輝かしさが目に眩しい、巨大な建物。あらゆる超高校級が集うと言われる希望ヶ峰学園の校門前には、片手に一通の封筒を携えた少女が立っていた。
 じっくりと目の前に聳え立つ学園を眺める。一度だけ来たことがあったものの、やはり自分が踏み入れてはならない領域の様に思えて足がすくんでしまうのだった。
 朝のホームルーム中なのだろうか、爽やかな朝日が照らす庭には生徒の姿はない。明らかに場違いな他校の制服に身を包んだ彼女が、誰かに見つかれば何かと面倒である。その為にこの時間を指示してくれたのだろう、希望ヶ峰学園理事長のさり気ない心遣いに彼女は感謝するのだった。
 そしていよいよ一歩、足を踏み出す。光栄にも呼ばれたのだから何も臆する必要はないのだ。緊張と期待と少しの不安、超高校級の面々の中に上手く溶け込めるだろうかという想いを胸に、ななしのは石畳を進むのだった。



 希望ヶ峰学園からななしのの元に手紙が届いたのはつい昨日のことである。何の前触れもなく郵便受けに入っていた手紙を目にした時、何の悪戯だろうかと彼女は疑ったものだ。しかし見覚えのある紋章の仰々しい封蝋がされているということは、どうやら本物であることに間違いないらしい。畏れながら封を切ると、中から出てきたのはたった一枚の白い便箋だった。高級なものを使っているのか肌触りが良い。三つ折りにされているそれを丁寧に開くと、中に書かれていた達筆な字が目に留まる。
 中に書かれていたのは驚くべき内容であった。希望ヶ峰から手紙が届くこと自体が既に彼女にとって驚き以外の何物でもないのだが、文字の羅列を辿る限りこれはエイプリールフールの戯言なのではないかと思ってしまうほど、信じ難い言葉が綴られていた。

『今回、我が校では″超高校級の恋人″という才能の枠を確立する事に至り、現役高校生の中からななしのななこ殿を選出させていただきました。尚、当枠は試験段階であるため該当者の一カ月の体験入学期間の元、事務局が公正なる判断をした上で正式に入学を許可するか否か判断致します』

 その他にもつらつらと準備についてなどと記述されていたが、主に彼女の目を惹いたのはこの文章だった。つまりは一ヶ月間、″超高校級の恋人″として希望ヶ峰学園に体験入学し、その中で経過観察をされ、事務局が認める様な人物と彼女が判断されれば正式に入学となる。大まかにはそういった内容であった。

(どうしよう……それに、超高校級の恋人だなんて……! わたしには勿体無さ過ぎる言葉だよーっ!)

 断るという選択肢が脳裏に浮かぶ。しかし手紙には辞退することに関しての説明文が一切書かれていなかった。これは、行くしかないということなのだろうか。
 誰かに相談しようにも手紙に『家族、友人、恋人などに他言する事を固く禁じる』という一文があるため、自分で決断する意外に道はないようだ。決断と言っても選択肢は一つしかないのだが。
 しかし他言無用、となれば当然親が心配するのではないのだろうか。今通っている高校への説明はどうするのだろうか。そういった不安にはしっかりと答えが書かれていた。

『当日、貴殿の関係者全員に日常業務に差し支えないよう、納得のいく説明をする者をこちらで手配するため心配は無用です。安心して登校してくださいませ』

 納得のいく説明をする者、とは一体何なのだろうか。超高校級を集めている巨大な機関であるのだから、それは彼女の想像が及ぶところではないのだろう。
 それにしても、超高校級の生徒の中に入ったところで彼女が授業についていけるわけがない。習っている箇所が今の高校と同じであるわけもない。持ち物に関しては筆記用具とだけ書いてある。
 言葉足らずの紙切れ一枚は彼女の中に生じた様々な疑問には一切答えてくれない。それでも行かなければいけないことは確かである。
 深呼吸しながら手紙を元の通り、封筒の中に戻す。そして事を冷静に脳内でまとめ始めた。
 こんな手紙をまさか自分がとは思うものの、選ばれた、候補に挙がったというのであればそれは光栄なことに違いない。喜ばしい事実なのである。封蝋が本物であることを物語っているのだ、何も疑う必要などない。
 けれども、この才能は自分に値する称号なのだろうか。

(わたしは、田中くんの恋人として本当に相応しいのかな……)

 彼と付き合って2ヶ月が経つ。相変わらずウサギ小屋の前でのんびりお喋りをしたり、たまに家に遊びに来てもらっては軽く料理を振る舞ったり、時には近場へ出掛けたりと、会う回数は増えたものの恋人らしいことは何一つ進んでいなかった。
 唯一増えたことといえば手を繋いでくれる頻度くらいだったが、それも恋人繋ぎなどという指を絡ませるものはしてくれない。
 つまり田中からは何もしてくれないのだ。それは彼女を想ってのことであるのかもしれないが、あまりに大事にされ過ぎてこれ以上先に進めないのではと危惧してしまう。
 ななしのとて少女漫画のように、ドラマのように刺激溢れる恋に憧れる年頃だ。好きな人とあらゆることをする想像や期待をしてしまうものである。けれども彼女の方から言うわけにはいかない。そんなことをしたら恥ずかしさで沸騰してしまうだろう。
 恋人として、前に進むためにはいい刺激になるのかもしれない。そう良い方向に考えると、この手紙は絶好のチャンスだ。
 勉強はなんとかしよう、わからなければ田中に聞くまでだ。それにクラスメイトも何人かは会ったことがあり、遊んだこともある。なんとかならないこともない。
 気にかかるのは一つのことだけだ。自分が田中と同じクラスに通うことで、彼はいったいどういう反応を示すのだろうか。

(喜んでくれる、といいな)

 始終大好きな彼女が一緒にいる。普通の高校生の男子ならばきっと喜ばしいと思うことだろう。彼は特殊な思考を持っているが、人間に変わりはない。恋人をもつ一般的な男子の恋心ぐらいは持ち合わせているはずだ。
 期日は早い。もう明後日には入学である。急ではあるが手紙に従うべく、ななしのは心の準備をするのだった。



 そして当日、彼女はしっかりと指定された時間に希望ヶ峰学園の門をくぐった。
 その先に何が待ち構えているのか彼女は何も知らない。けれどもここには田中眼蛇夢という頼もしい存在がいる。そのことが彼女の大きな支えとなり、玄関の戸を引く勇気を与えたのだった。
 どんなことが待っていようとも、彼とならば大丈夫。そう信じてゆっくりと開けた扉の先では、理事長である霧切仁の、歓迎の微笑みが待っていた。



●つづく。

@2013/11/25
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