夢小説長いの | ナノ



01


 痛みと意識と共に消えていくのは四肢を動かす為に有るはずの感覚、自分が徐々に失われていき、終わるという漠然としたものだった。これが死というものなのかと思う間もなく、呆気なく彼女は生を終えたのである。
 彼女が繰り返してきた世界は2回だけだ。そのどちらも自分の意志で選んだ答えにより結果が得られ、覚悟に基づいて世界を終わらせてきた。1度目は希望溢れる暖かな光に包まれて、2度目は悲しみを増やすことに耐えかねた末に受け入れた、悲しくも希望を信じた痛みによって。
 しかし3度目に世界が終わった理由に、彼女の意思は何一つ含まれていない。誰かに押された末に、針で突かれる鋭い痛みが彼女の体を何度も貫いたのだ。そして、いつの間にか意識が無くなっていた。その過程と結果は彼女の望んだものではなく、第三者による意思によるものであり、決して易々と受け入れることのできない残酷な仕打ちに他ならなかった。
 こんな形で命を散らされてしまうのであれば、もう二度と目覚めなど来なくてもいい。大好きなクラスメイトの手で残酷に生を奪われることが試練なのだというのなら、そんなものに立ち向かうだけの勇気なんて無くていい。もう辛いのも苦しいのも心だけで十分だ。

 それでも彼女は、終わることを許されていないのだ。憎らしい目覚めの光は穏やかな呼び声と共にやってきた。

「……い、聞こ……か……? な……、だい……うぶか!? 」

 それは彼女のために懸命になってかけられた必死な声だった。微かに波の音と、熱く照りつける日差しが肌を焼きつける感覚もある。どこか安心できるその音に、返事をしなければと無意識に言葉を発しようとする。

「……あ、ひな、た……く……」

 一度は無くなったはずの体の機能は、何事も無かったかのように彼女の意思通り動いた。失ったはずの体の感覚が戻ってくる。耳も口も目も鼻も、誰かの体の体温を感じ取れる感触も全て元通り彼女に還ってきていたのだった。

「良かった、目を覚ましてくれたみた」

「ひっ!?」

 薄らと瞼を動かしたななしのは、一番最初に視界に飛び込んできた少年の顔を見て悲鳴を上げてしまう。彼女の目の前にいて、その反応を見て驚き、戸惑いの表情を浮かべるのは狛枝凪斗だった。
 前回目を覚ました時と同じ状況だ、と即座に気づく。海岸に倒れている自分を日向と狛枝が声をかけてくれて起きるという、記憶に新しい同様の場面を彼女は思い起こしていた。

「あ、ゴメン……。ビックリさせちゃったかな? ボクたちには決してキミをどうこうしようという気はないんだ。落ち着いて話せば分かり合えるよ。まず、キミの名前から……」

「なまえっ……は、ななしのななこです! 超高校級のっ、凡人ですっ! はな、放してっ……!」

「え、あ……おい! どうしたんだ!?」

 突然大きな声で2人を圧倒させ、ななしのは日向の腕の中から身を捩って脱出する。そしてたどたどしい足取りで砂浜を駆け、彼女はどこかへと去ってしまうのだった。
 あまりに素早い行動についていくことができず、後を追いかけるべきであるのかもわからず、残された2人は呆気に取られた顔でその姿を目で追うことしかできないのであった。

「な、なあ……あいつ、一体なんだったんだろうな……」

「……さて、どうしたんだろうね。超高校級の凡人か、そんな人物は話題に上がってなかったはずだけど……」

 彼は事前に希望ヶ峰学園に入学する人物たちの事を調べているというのだが、その中に彼女の言う″超高校級の凡人″という能力の持ち主は存在していないらしい。これまで会ってきた超高校級の面々へのデータは、彼と本人の言うものとが大きく違っていることはなかった。故に彼女の言葉を疑ってしまうのもわからなくもないが、例外というのはいつだってあるものだ。

「単純に見落としたんじゃないか?」

「そんなことあるはずがないよ! ボクは隅から隅まであらゆる方法を尽くして調べてきたんだ。彼女だけ情報がない、なんてことは……もしかして」

「何か思い当たることでも?」

「きっと彼女は、超高校級の中でも特別な生徒なんじゃないかな!」

 彼は心底嬉しそうに自身の考えを言うのだった。日向は盲目的なその言葉に目を丸くさせている。

「あっはは、それなら納得がいくよ。何か理由があって学園側が彼女の存在を公にしなかったのかもしれないね! 日向クンだって情報が無かったわけだし、きっとそうに決まってるよ」

「あ……ああ、確かに俺も人のことは言えない立場にあるからな」

 日向もまた自分の才能を覚えていない、彼の調べた情報の中に当てはまるものがない人物の一人である。そんな人物が自分以外にもいるとなれば、どことなく安堵してしまうものだ。故に自然と日向は彼の言葉を肯定してしまうのだった。
 けれども気がかりなことはある。彼女は目を覚ました瞬間、狛枝の顔を瞳に捉えた瞬間、悲鳴に似た声を上げていた。安易に考えれば、目を開けた途端知らない人物の顔がそこにあったら誰だって驚くという形で納得はできる。
 しかし名前を名乗る彼女の表情は驚きと形容するよりも、もっと別の感情を宿していたように日向には思えてならなかった。

(怯えて……なかったか? 狛枝の顔を見て)

 それに狛枝が気づいているかどうかはわからないが、日向は確かにあの時聞いたのである。彼女が彼の呼びかけに応えて目を覚まそうと、微かに唇を震わせて言葉を発した時、初対面の人物に対してあり得ない発言を彼女はしていた。

(俺の名前を、口にしていたような……)

 やはりあまりに小さな声で狛枝には聞こえていなかったらしい、その後も狛枝がそれについて話題を振ってくることは無かった。彼女の希望について語ること、想像する事に熱が入ってしまっている。
 しかしこの疑問は日向の中で、彼女に対する違和感として残ることになるのだった。



 逃げるように砂浜から駆けだしてきたななしのは、とにかくそこから離れなければという思いに衝き動かされるように無我夢中で足を動かしていた。何の目的も無くただ只管に、息が苦しいのも構うことなく走り続ける。だが道に沿っていけばやがては元の場所に着いてしまうのだ。どうしようもなく行き場を無くした彼女の足は、緩やかに速度を落としていく。
 どこまで走ってきたのだろうか。視線を上に向ける。風に乾かされて潤んだ瞳が映すのは、空港のような場所だった。
 大きな飛行機が並んだそこは様々な地へ飛び立てる出発の場所――の様に見えるが、それがなんの意味も持たない紛い物であることをななしのは知っている。もしあれが動くのであれば、みんなを連れて真っ先にここを逃げ出すというのに。
 けれどもここから逃げ出すことがそんな単純な行為によって可能なことではないと、誰よりも理解しているのは彼女自身なのである。ここから出るために必要なこと、それは。

「全員……生還なんて……!」

 それが成されない限り、この悪夢は延々と続く。モノクマから与えられたヒントにより導き出したゲームのルール変更はこれである。望んで然るべき結果ではあるが、しかし強制されれば責任は重く苦しく彼女にのしかかるのだ。ただ一人の少女にここにある全ての命が預けられるという事実は、あまりにも重過ぎた。
 かといって諦めるつもりもなければ、不可能ではないと信じている。いつかは必ずここから全員で帰れると、彼女は自分と自分のクラスメイトに希望が宿っていると信じている。誰だって全員で仲良く、誰一人欠けることなくここから出られることを望んでいるはずだと。
 だがそれでも、彼女の期待を突き刺し粉々に砕いたのは信じているはずの希望であり、愛してやまない大好きなクラスメイトなのだった。大罪に手を汚すことなく全員で無事に帰りたいと思う気持ちは一緒だろうと信じていたのに、そんな自分に明確に殺意が向けられてしまったことが、どうしようもなく彼女の心を蝕むのであった。
 あの状況で自分を刺したであろう人物に心当たりはあった。おそらく花村である。しかし、彼の殺人における犯行動機は彼女の記憶の中に既に得た情報として存在していたため、あれがななしのという人間を狙ったものでないこともまた理解しているのだった。
 しかし彼女をテーブル下に押し込んだ人物についてはそれとは違う。明確に殺意、というよりも″ななしのが死ぬことで見られる希望の輝き″を望んだ行為という意思が伴っていた。それは暗闇の中僅か見えた白い髪の毛の人物が持つ思考であり、常人の脳しか持ち合わせていない彼女にとって狂気以外の何物でもない。
 故に恐れる。人の命というものがその人にとって希望の踏み台でしかなく、自分もまたその中の一人に過ぎずいつ利用されてもおかしくないということを。それが彼女の目指す結果に大きく影響しおそらく相反するであろう脅威以外の、何物でもないことを。
 けれども先ほど見た彼の目は澄んでいて、とてもそんな狂人染みた真似をするようには見えなかった。また信じて、期待しそうになってしまう自分が恨めしい。しかしそれはいつだって本来の姿を現そうと機を窺っているのだ。ななしのよりも賢く器量もいい彼が本気を出せば彼女など一捻りである。絶望的に到底敵う相手でないことを彼女は身を以って知ってしまったのだった。
 金網に身を預けて思い耽る。どうしたら良いのか、と。最初の十神の死を阻止する方法は知っているのだが、その先から殺人を避けていく方法を彼女は知らない。

(どうしたらいいのかなんて、全然見当つかない……けど。みんなと、話をしなくちゃ)

 まだ4週目は始まったばかりだ。諦めるには時期尚早過ぎる。例え一人が狂っていたとしても、絶望的に希望に盲目であったとしても、それすらも含めて彼なのであるから救わなければならないし救いたい。絶対に″全員″と帰るのだ。
 あまりに衝撃的な最後を迎えたために心が折れそうになった彼女であったが、なんとか気持ちを奮い立たせ歩き出す。どこまでもいつまでも青く変わらない空の下、しっかりと地面に足をつけて。



@2013/11/23
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