夢小説長いの | ナノ



04


 ななしのが目を覚ました時、一番最初に目に飛び込んできたのは喋るウサギのヌイグルミだった。おろおろと彼女の顔の周りを行ったり来たりする姿は眠りに落ちていた彼女を心配する思いから来るものであり、その気持ちをすぐに感じ取った彼女は安堵の息を漏らしたのだった。

「ほわわ! ななしのサンが気がつきまちた!」

「本当? どれどれー……もしもーし、起きてますかー」

 モノミに呼ばれてななしのの視界の横から覗き込むように姿を現したのは、七海千秋の穏やかな顔だった。目が合った彼女に返事をしようと声を出そうとするが、起きぬけの喉はひどく渇いていて上手く動かす事ができず小さく咳込んでしまう。
 どれほどかはわからないが、自分が眠ってしまっていたらしいことだけは確かのようだ。どこかのベッドの上に仰向けに横たえられた自分の体は、しばらく動かしていなかった時によくある、痺れたようなもやもやとした感覚で満たされていた。一番もやもやとしていたのは頭と視界の方だったため何度かゆっくりと瞬きする。正常な思考回路を取り戻そうと自分に何があったのかを思い出そうと試みるが、まだ上手く頭が動いてくれないようだ。状況が掴めない。

「あ……えと、七海、ちゃん。ここは……?」

「ななしのさんのコテージだよ。弐大君が公園で眠ってしまったあなたをここまで運んでくれたの。突然倒れちゃうからみんなびっくりしてたんだよ? ……けど、無事に目が覚めたみたいで本当に良かった」

 七海は心からそう思ってくれているのだろう。柔らかな微笑みがななしのの瞳にじん、と温かく滲んだ。

「そうなんだ……。ごめんね、迷惑かけて」

「ううん。いいんだよ。ちょっと、出てくるね」

 そう言って七海はななしのの視界から消える。そしてドアの開閉する音が聞こえたのを最後に、途端に静かになってしまうのだった。この場に残されたのはまだ曖昧な記憶に戸惑うななしのと、一先ず彼女が目を覚ましたことで安堵しているモノミだけだ。
 起き上がろうとするものの思った以上に体に力が入らない。ただ寝ていただけなのにこんなにも体力が衰えるものなのだろうかと彼女は驚きながらも、もう一度力を振り絞ってようやく身を起こした。するとそれを止めるかのようにモノミがめっ、と両手を突き出して彼女を再びベッドへ寝させようとする。

「まっ、まだ寝てなきゃダメでちゅよ! アイツに何をされたのかわからないんでちゅから……」

「心配してくれてありがとう、モノミちゃん。けど、修学旅行のルールにも書いてある通り、モノクマの干渉でわたしが死ぬようなことは絶対ないと思うの。ルールの根底を覆す発言をしようとしたから……とかなんとかで黙らせられただけだと思う」

「ほえ? そうなんでちゅか? でも……こういう言い方は良くないとは思うのでちゅが、ななしのさんはここにおいて″異物″でちゅよね? あちしもアナタが来るとは聞いていなかったし、正式には生徒でないから排除されてしまったのかと……あわわわ。 けど、ここにいてルールの中に存在がある以上、ななしのさんはあちしの大事な生徒さんでちゅからね! 全力で守りまちゅよ!」

「突然乱入したのに、生徒として扱ってくれるんだね。えへへ……嬉しいな」

 モノミがらーぶらーぶと和やかな声を発している内に、七海がどこからか帰って来たらしい。再びドアの開閉音が部屋に響いた。

「とりあえず、十神くんにあなたが目を覚ましたことを伝えてきたよ。それと……はい、これ」

 七海は手に持っていたペットボトルをななしのとモノミに手渡した。大きくお茶と書かれたそれはななしのにとっては嬉しいものである。実は先ほどから喉が渇いており、何か飲みたいと水分を欲していたところなのだ。七海にお礼を言うとその中身を勢いよく体に流し込む。喉がそれを奥へと通していく度、心地よい冷たさが体の芯に滲み渡っていく。ばやけていた彼女の脳もこの刺激によりようやく目覚めつつあった。
 思い出すのは公園で聞いたモノクマへの質問である。あの場で聞いてしまうのは間違いであったかも知れないと後悔するが、どうしても確かめなければならなかったのだ。″彼女″が、Q‐31と呼ばれるプログラムに何をしたかということを。
 苗木から聞いていた話では一度だけこのゲームをやり直せるという話であった。残酷で辛いエンドロールを迎えそうになっていたところで、苗木が与えてくれた唯一の希望であるはずのそのプログラムは、どうしてか今3周目を迎えている。

(わたし、ドッキリハウスで喉を切り裂いて死んだはずなのに……。それで何人かは救えたはずなのに)

 本当を言うならば死にたくなどなかった。そうすれば彼女は現実でも同様の状態になってしまうのだ。つまりはこのゲーム内で自殺してしまえば、現実でもまた自分の体は死んでしまうのである。これを今現在知っているのは、1周目からの記憶を引き継ぐことができた彼女だけであった。ではなぜそうしたのかと言えば、それ以外に彼女にはドッキリハウスより皆を脱出させる方法を考えられなかったからである。
 彼女がゲームを最初からやり直してすることと言えば当然、コロシアイを止めることだ。1周目では彼らの更生に尽力しようと意気込んで来たものの、突如としてウイルスにより姿を変えた世界に抗う事ができず、たくさんの仲間を見殺しにしてしまった。もうあんな未来は、見たくない。馬鹿な行為だとは思いつつも、やり直してまで掴みたかったものが何なのかを考えれば彼女がそんな行為に走ってしまったことは必然である。
 2週目が1周目と同じことの繰り返しであったとはいえ、彼女は所詮事の流れを知っているだけなのだ。最初の殺人を止めることはできたものの、その後の事件はどうしたら止めることができるのか全く分からず、ただただ右往左往していた。本当ならば積極的に動かなければならなかったのであろうが、彼女は『殺人を止める』ということを甘く考えてしまっていたのだ。とにかくそれに関わる事柄にのみこだわるあまり、コミュニケーションの重要性を意識しなかったのである。
 故に、孤立した。1周目の記憶を持っているのは彼女だけで、それ故に彼女が放つこれからの未来を予言した言葉は信憑性が無かったのだ。
 当然だ。誰がどうやっていついつ死ぬと、出会ったばかりの大して話術も上手くない少女に言われたところで信じる方が馬鹿を見そうなものである。よって彼女の言葉の真意は誰にも届くことはなく、遂には裏切り者はお前ではないかと疑われてしまう始末であった。
 ボトルの中身が半分になったところでようやく彼女は飲み口を離す。思い出した記憶と一緒に流し込んだ水分は腹の奥底できゅるると小さく呻いた。

「うなされて苦しそうにしてたけど、今は表情を見る限り落ち着いてるし特に異常は無いみたいだね。……公園でいろいろとモノクマに聞いていたみたいだったけど、望む答えは得られたのかな?」

「うん。ちょっと気になることがあったの。はっきりとは言ってくれなかったけれど、ヒントでだいたい理解できたよ」

「ねえ。それって、私が詳しく聞いてもいいことかな?」

 七海の表情は真剣だった。彼女もまたQ‐31プログラムについても、ななしのがなぜここにいるのかも知らないのである。監視者として全ての情報を与えられているはずの彼女にとって、ななしのという存在は紛れもなく異端であった。また、彼女の公園での発言も七海の知っている情報と一致するものはなく、事情を理解する事ができないでいるのである。

「……ダメだと、思う。言おうとすればまたさっきみたいにあいつの邪魔が入るんじゃないかな」

「そう。なら仕方ないね」

 しつこく問いただそうとはせず、七海はフードを被って黙り込んでしまった。どこか物憂げな彼女の表情に胸が締め付けられる。話せるのならば、どんなに楽なことだろうか。ななしのは体にかけられていたピンクのタオルケットを両手で強く握る。
 前回は話したところで信じてもらえなかった。タイミングが悪かったのかもしれないが、結局は七海と協力し合うことができずに終わってしまった。これにより世界の仕組みを安易に口にするものではない、と彼女は学んだのである。公園では少し軽率な行動を取ってしまったが、それにより得られた情報はあったため仕方ないと自分に言い聞かせた。
 この世界においては、彼女にとって大事な仲間であり信頼のおける″みんな″であっても、″みんな″にとって彼女は初対面の″誰か″以外の何者でもない。そこには彼女が現実で築いた信頼性は一つとして存在していないのだ。言葉を信じてもらうには一から彼らと向き合ってからでなければならない。前回は最初から確信を衝く発言をし過ぎていた。故に慎重になってしまうのだった。

「じゃあ、質問を変えます。ななしのさんは『コロシアイ修学旅行』についてどう思ってるのかな?」

 七海は得意げな顔つきで人差し指を立て、質問を提示してきた。

「どうって……?」

「んーと、賛成だーとか、嘘だーとか、絶対嫌だーとか……ななしのさんの今の気持ちは?」

「七海さん!? コロシアイに賛成だなんて物騒なことは言わないでくだちゃい……!」

 ウサミはしょんぼりと無い肩を落として俯く。七海の口から例え話とはいえそんな言葉を吐いて欲しくなかったのだ。そしてななしのもまた、彼女に言われた言葉に大きく感情を揺さぶられていた。

「そんなのっ……! 絶対、止めたいよ! できることなら一人の犠牲者だって出したくない!」

 ななしのの感情は剥き出しになってしまう。賢い者ならこんな単純な質問には冷静に答えなければならないはずなのに、彼女は″コロシアイ″という単語にどうしても過剰に反応してしまうのだった。それはおそらく、記憶の中にある悲しい場面を思い出してしまうからなのだろう。
 タオルケットをぐしゃぐしゃにして掴む彼女の手は震えていた。自分の無力を嘆いているのだろうか、何もできない悔しさからだろうか。それは彼女自身にもわからない。けれどもそうでもしなければ何かが爆発してしまいそうだった。
 強く力の入った彼女の手に、七海の手がそっと触れる。包み込むような温かく優しい手の感覚が、彼女の露わにしていた焦燥的感情をとかしていく。

「良かった。それはね、私も同じだよ。あなたはあなたなりのやり方があるかもしれないけれど、求めるものは一緒。だから、協力し合えないなんてことはない……と、思うよ? 今は無理でも、その時が来たらちゃんと話してくれると嬉しいな」

 とぼけた口調ではあるが、七海の言葉は一人で戦う必要はないと穏やかに諭すもので、心強さを感じられるものだった。それはななしのの止まりかけた意志を突き動かす。

「七海ちゃん……。あり、ありが、と……うっ……!」

 彼女の手を握り返した。ここに確かに存在している優しさが離れないように。
 ななしのは自分を孤独だと思っていた。77期生の絶望をも知らなければ理解もできない、彼らが苦しむことになった元凶の強大さすら人づてに聞いただで、実際自分が体験したわけではない。そんな彼女が彼らを救うなど馬鹿げている、と未来機関の十神には言われてしまう始末であった。
 けれども全員を生還へ導くという点においての彼女の意志は誰よりも固い。だからこそ苗木は秘密裏に彼女がプログラム内に入ることを許可してくれたのである。

「必ず……救ってみせるからっ……!」

「わたしも頑張るよ。ほどほどにね。眠くなっちゃうから」

 ふふ、と七海は笑う。ちら、と横を見るとモノミが仲間に入れずおろおろしていた。手招きして間に入れてやると、らーぶらーぶと嬉しそうにするのだった。

「じゃあそろそろ、私達もパーティーに行こっか。十神くんがちょっとななしのさんを警戒してるみたいだけど、私がなんとか説得してみるよ」

 ななしのはその言葉に違和感を覚える。彼女の記憶にあるパーティーが行われる日というのは、修学旅行生活2日目の夜のことだ。

「パーティー? それって明日の夜……じゃなくて?」

「昨日の夜は公園でモノクマに集められて終わったよ。それから丸一日ななしのさんは眠ってて……何か、都合良くないことでもあるかな?」

「……パーティーって、もう始まってる?」

 ななしのは青ざめた顔を七海に向けた。何故そんな顔をするのかわからず、七海は小首を傾げながらこの部屋に置かれている時計を見ると始まってるよ、と答えるのだった。



●つづく。

@2013/11/21
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